赤いのになぜ「金」魚? 日本で親しまれるようになった理由とは 意外に知らない金魚にまつわる豆知識

AI要約

金魚は、中国から日本に伝わり、室町時代に初めてやってきた。

江戸時代中期以降、武士たちの金魚養殖が始まり一般庶民に広まった。

金魚の名前の由来や色の変化には謎が多く、様々な説が存在する。

赤いのになぜ「金」魚? 日本で親しまれるようになった理由とは 意外に知らない金魚にまつわる豆知識

 日本の夏の風物詩のひとつである金魚。金色ではなく赤のイメージがありますが、なぜ「金魚」と呼ばれるのでしょうか。また、日本にはいつ伝わり、広く親しまれるようになったきっかけとはなんだったのか。日本古来の伝承や風習、先人の知恵など諸説に着目するこの連載。今回は、知っているようで知らない、金魚にまつわる豆知識をお届けします。

 ◇ ◇ ◇

 金魚は、中国から伝わった魚です。日本に初めてやってきたのは、室町時代の頃とみられています。あまりに希少で高価だったため、貴族や豪商といった一部の富裕層の間で観賞用として飼われていたそうです。当時は金魚を「こがねうを」と呼んでいたとする説もあります。

 金魚が一般庶民に広まり始めたのは、江戸時代の中期以降。武士たちが副業として金魚養殖を始めたことで大量に出回るようになり、手に入りやすくなったといわれています。のちに金魚の行商や夏祭りの金魚すくいなども始まり、飼育が流行。買った金魚は、小さなガラスの器「金魚玉」に入れて家に持ち帰ったそうです。

 当時はガラス製の水槽が普及していなかったため、金魚は陶器や木桶に入れて飼育するのが一般的でした。したがって、泳いでいる姿を横からではなく、上から見る「上見(うわみ)」が観賞の基本スタイルだったとか。金魚の美しい色彩と優雅な泳ぎに人々は魅了され、夏の涼を象徴する観賞魚として大ブームになりました。

 金魚の誕生は謎が多く、諸説ありますが、そのルーツは今からおよそ1700年前の中国。野生のフナが突然変異したヒブナとするのが定説です。その後、宮廷で飼われるようになり「チンユイ(金魚)」と呼ばれ、観賞用として改良が繰り返されてきたとされています。

 金魚というと赤色のイメージがありますが、生まれたばかりの金魚はほとんどが黒っぽい色をしており、成長とともにそれぞれの色に変わっていくそうです。また、水質やエサの種類によっても色は変わるといわれています。

 なぜ金色ではないのに「金」魚というのか、名の由来についても諸説あります。「昔は今のような赤色ではなく、黄みを帯びた色だったから」や「ウロコが光に反射して金色に見えたから」、または「金のように高価な魚だったから」などさまざまな理由が挙げられていますが、定かではありません。