産後10カ月目で夫が号泣!? 30分の対話で危機を乗り越え生まれ変わった夫婦の10年後
産後うつや産後クライシスを経験した夫婦が、対話の大切さを学びながら家庭環境を改善していく過程を語る。
産後クライシスを克服するために起業したLogista株式会社の長廣夫婦の物語。
夫婦が対話を通じて問題を解決し、家庭環境を改善する過程が描かれる。
産後うつや産後クライシスを防ぎ、わが子によりよい家庭環境をつくり出してほしい。そんな思いで「夫婦会議&reg」を開発し、企業や自治体などと連携しながらママ・パパ向けに「対話」の大切さを伝え続けている、Logista株式会社の長廣さん夫婦。日本初の夫婦の対話メソッド「夫婦会議®︎」が生まれたのは、妻の百合子さんと夫の遥(よう)さんが第1子誕生後に直面した産後クライシスの経験からでした。
壊れかけた夫婦関係をどのように修復し、第2子誕生で何が変わったのか。そして2人が語る「対話」とは? 長廣さん夫婦に聞きました。
全2回インタビューの2回目です。
2014年に第1子を出産して間もなくメンタルの不調を感じるようになった百合子さん。仕事で忙しい遥さんとは、家事・育児の協力体制を築けず、赤ちゃんのことで相談しても「任せるよ」と言われるばかり…。家庭に対する夫の主体性に疑問を感じ始めた百合子さんは「これが産後クライシスなんだ」と思いました。
――産後クライシスを乗り越えたきっかけを教えてください。
百合子さん(以下敬称略) 産後10カ月目の「夫の号泣事件」がきっかけです。当時、夫は地域活性コンサルティングの仕事をしていて、朝は6時台に家を出て、深夜に帰宅するような働き方でした。出張も多かったです。
そうした状況の中、子どものことや私の仕事復帰に向けた相談をしても、まともな話し合いに発展せず…。夫からの「好きにしていいよ」「任せるよ」というひとごとのような返事を聞くうちに、夫婦であることの意味がわからなくなり、離婚を考えるようになりました。
でも、苦しんでいたのは私だけではなかったことに、産後10カ月目にして気づくことになったんです。
遥さん(以下敬称略) その日僕は、東京出張に向けて福岡空港まで妻に車で送ってもらっているところでした。30分の移動時間の中で、ギクシャクしながらも妻と話していたら、張り詰めていた糸がプツッと切れたように涙が止まらなくなってしまって…。
正直、僕も仕事と家庭の板挟み状態で疲弊しきっていました。幼いころからの夢であり、プロポーズのときに妻にも語った「一家団らん」をかなえるためには、この働き方は続けられない。でも子どもが生まれたばかりだし、家族を養うためにも「自分が絶対頑張らないと!」と思い込んでいたんです。
百合子 助手席で号泣する夫の姿に「やっと本音が聞けた。この人なりに、一家団らんに向けて努力していたんだ」と感じ、すごく安心したのを覚えています。
一方で、産前から「子どもが生まれても働くよ」「お金のことは心配しなくいいよ」ということを夫に伝えていたつもりだったんですが、全然伝わっていなかったことにがくぜんとしました…。本当に対話ができていなかったんだと思います。
遥 妻に「子どもが小さいうちは2人で半分ずつアクセルを踏んで1人前になるよう働けばいい」と言われ、肩の荷が下りました。「私たちは、どんな夫婦になっていく?」という問いも、夫婦のビジョンを見つめ直す機会になりました。
妻と対話をして「2人で頑張ればいいんだ」と素直に思えました。それまでは僕が働いて2人を養わなくてはいけない、大黒柱は僕だ、と強く思っていたんです。僕はすぐに会社を辞める決意をし、実際に出張から2カ月後に退職しました。
百合子 この30分の車中での対話が、私たちの最初の「夫婦会議®」です。
出張から帰ってからは、生活ががらりと変わりました。朝食は夫がつくるようになり、その時間私は久しぶりに朝からメイクをすることができるようになりました。仕事復帰に向けて、私も準備を始められるようになりました。
遥 妻と共同代表で起業した、Logista株式会社は、こうした僕たち自身の経験が原点です。「対話」を大切に、産後もよりよい夫婦関係を育んでほしい。そんな思いで「夫婦会議®」を届けています。