他の大手商社より社員数が3割少ないのに同等勝負…伊藤忠が2年前に始めた社員のパフォーマンス向上の秘策

AI要約

伊藤忠商事が社員の睡眠を改善する取り組みを始めた理由とその過程

社員の健康がパフォーマンス向上に不可欠であることの認識

睡眠改善の重要性と経済損失への影響についてのエビデンス

■健康でなければ実力を発揮できない

 伊藤忠商事では2022年4月から「Sleep Innovation Platform」(睡眠マネジメントに関するコンソーシアム。以下SIP)に参画し、社員の睡眠を改善する施策を実施している。主導したのは同社の人事・総務部だ。同部を主管する執行役員の垣見俊之氏は、社員の睡眠に着目した目的について、次のように説明する。

 「弊社は同業他社と比べ、社員数が3割ほども少ないのです。この条件で対等に勝負するには、一人一人のパフォーマンスを高めるほかありません。優秀な人材を採用し、育成する。あるいは生産性の高い働き方をする。こうしたことに取り組んできましたが、能力の高い人材を揃えても、健康でなければ実力を発揮できません。社員を病気にしないこと、健康でいてもらう職場環境の整備が、我々の使命でした」

 軽食の無料提供も、そうした取り組みの一環だった。伊藤忠商事では13年から「朝型勤務」(現在は朝型フレックスタイム制度)を導入している。「商社の仕事は御用聞きの側面もあるが、先方に要望を聞いてから対処するのでは遅い。事前に予習し、朝イチで訪問することで的確に動ける」という、岡藤正広会長CEO(当時社長)の方針で始まった働き方で、早朝5時から8時までに出社する社員が増えた。

 「早朝勤務への行動変容を促し、実践する社員の健康管理を支援する観点から、軽食の無料提供を企画しました。経営陣が健康経営を投資と位置付け、ブレずに推進したからこそできたことです。早朝から仕事を始めても、会食で遅くまで飲んでいては本末転倒です。そこで110運動(会食は1次会のみ、午後10時までに終了)などにも取り組みました」

 一人一人の労働生産性を高める。それには社員が健康でなければならない。そのためにHR部門として何ができるのか。様々な取り組みをする中で「睡眠の改善」は欠かせないピースだったが、具体的な取り組みが始まるまでには1年近くの月日がかかった。

 「理由は2つありました。1つは睡眠は奥が深く、科学的にどの方法が企業として取り組むのにふさわしいかを特定できなかったこと。もう1つは会社として、社員のプライベートにどこまで踏み込んでいいのかという葛藤です。それぞれに体質や仕事の都合、その他諸々の事情がある中で、一律に“睡眠はこうしなさい”などと言えるものではありません」

■睡眠負債がもたらす約15兆円もの経済損失

 エビデンスについては、慶應義塾大学商学部・山本勲教授の「従業員の睡眠時間と企業の利益率」「睡眠の質指標と利益率」にプラスの相関関係があるとの研究成果が見つかった。また、睡眠の世界的権威である筑波大学の柳沢正史教授の講演でも「OECDのデータによれば、日本人の平均睡眠時間は先進国中で最短。米国のランド研究所の報告でも、睡眠負債(睡眠不足)が企業の生産性を低下させ、年間で約15兆円もの経済的損失をもたらしているという指摘がある」と様々なレポートが紹介され、裏付けを得られた。