企業利益は急増しているのになぜ増えない?日本人は「賃金停滞」の本質をまったくわかっていない

AI要約

2023年の春闘以降、賃上げが進んでいると喧伝されるものの、法人企業統計調査のデータによると人件費の総額はほとんど増加しておらず、企業利益の増加が著しいという矛盾が生じている。

2022年1~3月期から2024年1~3月期までの2年間において、企業の粗利益と経常利益が増大し、人件費の増加はそれに比べて少なかった。今回の増益の背景には、原材料価格の急騰による原価の引上げと、それを売上げ価格に転嫁することが挙げられる。

GDPデフレーターの考え方を使い、輸入物価の上昇が国内物価に完全に転嫁されれば、企業の成長が国内物価の上昇とは別に示されることが解説されている。

企業利益は急増しているのになぜ増えない?日本人は「賃金停滞」の本質をまったくわかっていない

 2023年の春闘以降、賃上げが進んでいると喧伝される。しかし、法人企業統計調査のデータでは、人件費の総額はほとんど増えていない。他方で、企業利益の増加は著しい。なぜこうしたことになるのか? 昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕するーー。野口悠紀雄氏による連載第123回。

■粗利益と経常利益は増加の一方、人件費は増えない

 春闘で高い値上げ率が実現し、物価と賃金の好循環が始まっていると言われる。これは、法人企業統計調査のデータによって確認できるだろうか。

 6月3日に公表された法人企業統計で2024年1~3月期までのデーターが利用可能になったので、以下ではこれを用いて分析を行う。分析の重点は次の2点だ。

 1.企業の粗利益 (売り上げ-原価)は、どのように変化したか? なぜこのように変化したのか? 

 2.粗利益は人件費と企業利益に分配されるのだが、分配の比率はどのように変化したか? 

 この2点について、実際に生じたことをあらかじめ述べれば、次の通りだ(図1参照)。

 2022年1~3月期から2024年1~3月期までの2年間において、法人企業の粗利益は13.3%増加し、経常利益は20.1%増加した。しかし、人件費は7.3%しか増加しなかった。では、なぜ粗利益と経常利益が増大したのだろうか?  

 2021年の1~3月期から輸入価格が急騰した。これは、原材料価格など、企業の原価を引き上げた。企業はそれを売上げ価格の引上げに転嫁したのである。

 どの程度の転嫁が行われたかは、GDPデフレーターーで確かめることができる。GDPデフレーターとは、GDPについての物価指数だ。GDPを構成する各支出項目についてデフレーターが算出され、それらの加重平均としてGDPデフレーターが算出される。

 GDPの計算で、輸入は控除項目だ。つまり、他の項目が不変で輸入が増えれば、GDPは減少する。だから、輸入物価が高騰して他の価格が不変にとどまれば、GDPデフレーターは、輸入物価上昇率に輸入のウェートを掛けた分だけ低下する。

 しかし、輸入物価の高騰分が国内物価に完全に転嫁されれば、輸入物価の上昇にウェートを掛けた値と国内物価の上昇にウェートを掛けた値とがバランスして、GDPデフレーターの上昇率はゼロになる。この場合、国内物価が上昇しているにもかかわらず、GDPデフレーターーの伸び率がゼロなる。