RAG使わず“生成AI×IoT”で空調制御 三菱電機による実証実験の裏側

AI要約

ソラコムは、年次のIoTカンファレンス「SORACOM Discovery 2024」を開催し、三菱電機による生成AIプロジェクトの裏側が語られたセッションの様子をレポートする。

三菱電機は、DXを推進し、生成AIを活用して電力消費量を削減し、従業員の快適性を向上させる実証実験を行っている。

生成AIとIoTを組み合わせることで新たなビジネス価値を創出し、将来的には製品自体の性能を向上させる可能性が示唆されている。

RAG使わず“生成AI×IoT”で空調制御 三菱電機による実証実験の裏側

ソラコムは、年次のIoTカンファレンス「SORACOM Discovery 2024」を開催。本記事では、三菱電機による生成AIプロジェクトの裏側が語られたセッションの様子をレポートする。

 ソラコムは、年次のIoTカンファレンス「SORACOM Discovery 2024」を開催。基調講演や展示のほか、先進企業によるIoTテクノロジー事例も披露された。

 

 三菱電機は現在、会社を横断するデジタル基盤を整え、DX人材を揃え、コアビジネスで展開するハードウェアのデータを活かした新たな価値の創出に注力している。

 

 例えば、欧州法人で展開する「MELCloud」は、空調機を遠隔管理して、データに基づき最適化できるシステムで、2023年末時点で約100万台が登録されている。データの収集には、セルラー通信を用いており、ソラコムのIoTプラットフォームが採用されている。

 

 次に同社が挑戦するのは、ハードウェアと生成AIをIoTでつないで、ハードウェア自体の性能を向上させていくことだ。本記事では、三菱電機による生成AIプロジェクトの裏側が語られたセッションの様子をレポートする。

 

IoTが集めたオフィス内外の数値を基に、生成AIが最適温度を予測

 2024年7月、ソラコムと松尾研究所が共同で「IoT x GenAI Lab」を立ち上げた。IoTと生成AIの領域において、新規プロダクト開発や研究開発、顧客向けのプロフェッショナルサービスを展開する専門チームである。三菱電機は両社の支援のもとである実証実験を進めた。

 

 実証実験は、生成AIを“シミュレーター”に仕立て、空調機器を電力消費を抑えながら最適な温度設定に制御するという取り組みだ。三菱電機のDXイノベーションセンターの8階にて、冬の時期に約1か月半をかけて実施され、大幅な電力消費量の削減と勤務者の快適性向上を確認している。

 

 実証実験の環境は、約322平米の中で、約30名が勤務。仕組み的には、ソラコムのIoTセンサーデバイスを用いてオフィス内外の温度・湿度、日照度をセンシング、加えて勤務者から得られた室内の快適性のフィードバックを収集して、クラウドに蓄積する。

 

 クラウドに蓄積された情報を基に生成したプロンプトを、事前学習済みの汎用LLM(大規模言語モデル)に与え、最適な温度を2時間に一度予測させる。そして、空調機器の温度を、予測された温度に変更して、快適性と電力使用量を計測。変化した環境のデータをまたプロンプトに反映してLLMに与えるというループを繰り返した。

 

 プロンプトに加える情報は、マルチモーダルな基盤モデルも利用して、室内温度のヒートマップやオフィス勤務者の位置情報などの画像による情報も加えているという。

 

 このループを回すことで、事前測定のベースラインの数値と比較して、電力消費量は何と期間平均47.9%削減、従業員の快適性も平均26.3%向上するという、驚きの成果をたたき出した。

 

 三菱電機のDXイノベーションセンター 主席研究員である澤田友哉氏は、「オフィス環境の情報をいかに生成AIに与えて、それを理解させるかが今回の実証実験のポイントだった」と語る。

 

成果を得られた秘訣は、ゴールから逆算する“バックキャスト”の視点

 そもそもの実証実験のきっかけは、DXイノベーションセンター長である朝日宣雄氏のもとに、IoT x GenAI Labについて打診があったことだ。同センター内で、IoTと生成AIを組み合わせることで「何ができるだろう」と考えると、三菱電機の強みである空調機の領域での活用がアイディアのひとつとして挙がった。

 

 そして、迎えた最初の打ち合わせ、松尾研究所のメンバーに、生成AIで温度予測ができるかを“その場”で試してもらい、それらしい回答が得られたことが決め手となった。生成AIの事業化の知見を持つ松尾研究所と伴走することで、テーマを何にするのか、マイルストーンを何にするかといった“最初につまずきやすいポイント”でスムーズに進められたという。

 

 一方の松尾研究所のAIソリューション事業部 チーフAIエンジニアである横山敬一氏は、今回の伴走において、「ゴールから逆算する“バックキャスト的”に進めることを心掛けた」と説明。その時点での技術の最前線を調べた上で、“論文の発表”および“製品精度の向上”をプロジェクトの目標に定めた。

 

 今回は、空調に関するドメイン知識が求められ、実証実験の場所や必要となるデータも考慮しながら、AIの使い方を考える必要がある。定めたゴールを達成するために、これらの要素をいかに素早く解決していくかを、三菱電機と密に連携しながら取り組んだという。

 

 モデレーターを務めたソラコムのソリューションアーキテクトである今井雄太氏も、「テーマが決まった次のミーティングで、松尾研究所側が同分野の先行する論文をリサーチしてくれたおかげで、目指すべきところが“狭まり”、網羅的に試さずに済んだ。理にかなった進め方ができた」と振り返った。

 

追加学習がなくても“そこそこ解ける”、それをビジネスにどうつなげるか

 三菱電機の澤田氏は、「GPT-4以降のパラメーターが大きなモデルでは、インターネット上の情報はほとんど学習されている。そうなると、生成AIの民主化を進めるビッグベンダーの知識をいかにビジネスに使うかがチャレンジの焦点になる」と説明。その上で、「学習させなくても“そこそこ解ける”ことが今回の新しい発見だった」と澤田氏。

 

 実際に、空調機の性能といった追加の学習をさせずに、いきなり推論させる“ゼロショット”で予測させた精度が今回の結果につながっている。当初は、“ファインチューニング”や“RAG”を用いて、知識を追加するプロセスに時間を費やすと予想していたが、松尾研究所のまずはそのままの汎用LLMで試してみようというアドバイスで最後まで走り切った。

 

 一方で、生成AIは厳密解を求めることが苦手だったりと、決して万能ではない。それを考慮してテーマを選ぶことが、生成AIで価値を生み出す鍵だと言う。

 

 松尾研究所の横山氏も、「教えなくてもそこそこ解けるということが改めて確認できた」とした上で、「最初のテーマ選定が非常に“重い”のが、日本全体の生成AI活用の足かせになっているが、完全にゼロから学習させる必要がないということは、検証や比較をするループの時間をぐっと短くできる」と語った。

 

 最後に澤田氏は、「今年に入ってマルチモーダルなAIモデルが登場して、画像や音声、動画、今回の取り組みだとIoTのセンサー情報など、様々なデータを食わせるようになった。いかにマルチモーダルなデータを使ってビジネス価値を生み出すかが最前線のトレンド」と述べた。

 

 横山氏は、「今回の取り組みで大きかったのは、空調制御というハードと生成AIをつなげることができたこと。ハードからIoTデバイスが情報を集めて、それを頭脳である生成AIが制御する。単なる業務効率化だけではなく、生成AIで製品そのものの性能が上がっていく未来が少しづつ近づいている」と今後の展望を述べた。

 

文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp