LINEヤフー、星野リゾート、ヤマト運輸…未来をつくる先進7社のAI・デジタル活用

AI要約

Google Cloudは、年次イベントである「Google Cloud Next Tokyo ‘24」を開催。基調講演に登壇した計7社のユーザー企業の活用事例を紹介する。

Google Cloudの生成AIプラットフォームを中心とした活用事例が披露され、LINEヤフーや星野リゾート、JR東日本など様々な企業の取り組みが紹介された。

各企業は、Vertex AIやGeminiを活用して業務効率化や新たなサービス開発に取り組み、生成AI技術の進化がさまざまな業界に与える影響が示された。

LINEヤフー、星野リゾート、ヤマト運輸…未来をつくる先進7社のAI・デジタル活用

Google Cloudは、年次イベントである「Google Cloud Next Tokyo ‘24」を開催。本記事では、基調講演に登壇した計7社のユーザー企業の活用事例を紹介する。

 Google Cloudは、2024年8月1日から2日、同社の最新ソリューションや活用事例を紹介する年次イベント「Google Cloud Next Tokyo ‘24」をパシフィコ横浜で開催した。

 

 8月1日の基調講演では、生成AIモデル「Gemini」や生成AIアプリの開発基盤である「Vertex AI」の最新情報や、加速するGoogle WorkspaceとGeminiの統合について語られた。

 

 また8月2日の基調講演では、Data Cloud領域のサービスにおける、Geminiの統合やアップデートなどが紹介された(参考記事:「Gemini in BigQuery」「Spanner Graph」など、Google Cloudが多数の新機能を発表)。

 

 加えて、両日の基調講演では、以下の計7社のユーザー企業が登壇。Google Cloudの生成AIプラットフォームを中心とした活用事例が披露された。本記事では各社の取り組みをまとめて紹介する。

 

LINEヤフー:Vertex AIとGeminiで業務改善や自社プロダクトの生成AI機能実装を進める

星野リゾート:Google Workspaceを活用する中、Gemini for Google Workspaceの導入を進める

JR東日本:Geminiでインバウンド向けチャットアプリを開発

日本テレビ:Geminiでコンテクスチュアル広告を構築、Langchainなどでコスト効率化

ヤマト運輸:Google Cloudと連携して持続可能な物流システムをアジャイル開発

トヨタ自動車:GKEとCloud WorkstationsでAI開発を最適化

SMBCグループ:Microsoft 365とGoogle Workspaceの併用(マルチクラウド化)でワークスペース環境のレジリエンス向上

 

LINEヤフー:「重要なのは情報の正確性」Vertex AIでハルシネーションを低減

 LINEヤフーは、2023年6月に生成AI統括本部を立ち上げ、社内の業務改善に加えて、自社サービスに生成AIを組み込んで、サービスの品質改善や顧客体験の向上に取り組んでいる。

 

 LINEヤフーの上級執行役員 生成AI統括本部長である宮澤弦氏は、「生成AIの活用において重要となるのは“情報の正確性”。ユーザーに安心して利用してもらうためには、利便性の向上だけではなく、ハルシネーションを極力低減させる必要がある」と強調する。

 

 この正確性の担保のために、Google Cloudの生成AIプラットフォームを活用している。それ以前には他社のLLMを使ってユーザーテストまで進めていたが、ハルシネーションがボトルネックとなって充分に活用できていなかったという。Google Cloudであれば、自社でRAGの仕組みを構築しなくても、Vertex AIの「Agent Builder」でグラウンディングを実装して、ハルシネーションを低減させることができる。

 

 例えば「Yahoo!フリマ」では、Gemini APIを利用して、出品ユーザーの商品説明文をマルチモーダルで自動生成する機能の実装を進めている。検証では、従来のLLMと比較して生成速度が約5倍に短縮され、文章の質も向上した。その結果、出品完了率が3%向上したという。

 

 検索領域でも、Vertex AIのグラウンディング機能とGeminiを利用して、対話型検索におけるハルシネーションの低減に取り組む。社内の業務改善では、Agent Builderでチャット型応答システムを開発しており、サポート業務への適用を検討しているという。

 

 宮澤氏は「コンシューマサービスを展開する企業は、コスト負荷が大きく、なかなか生成AIの活用に踏み出せずにいるのではないか。各社のコストが下がってきたため、活用はこれからが本番」と呼びかけた。

 

星野リゾート:生成AIが観光業界を変える4つの理由

 Google Workspaceに生成AIを組み込んだ「Gemini for Google Workspace」の活用を進める企業のひとつが星野リゾートだ。同社は、社員が生成AIに慣れるために“いち早く生成AIを導入する”という意思決定を行った。

 

 星野リゾートの代表である星野佳路氏は、これまでの「団体周遊型から個人滞在型へのシフト」「インバウンド」「スマートフォンでの情報収集・予約」といった変化に匹敵するほど、「生成AI」のインパクトが観光業界を大きく変えるとみている。その理由は4つある。

 

 ひとつ目は「言語対応」だ。星野リゾートのウェブサイトは現在、日本語を含めて5言語で展開している。ここでGeminiを利用すると69言語まで拡大でき、いわば全世界の旅行者に情報を届けられるようになる。2つ目は「正確性」の補完。星野氏は「星野リゾートのスタッフはここに相当な時間を費やしている」と述べ、すべての作業で求められる正確性を補う存在として、生成AIに期待していると語る。

 

 3つ目は「固定観念からの脱却」。代表である星野氏自身が大きな意思決定を行うような場合は、市場調査を使って仮説をテストすることができる。しかし、社内のスタッフが日常業務の中で小さな意思決定をする際は「市場調査をする時間も予算もなく、自分の感覚を信じるしかない」(星野氏)。生成AIによって、固定観念にとらわれないデータに基づく意思決定を、スタッフのレベルでも徹底できるよう支援する。4つ目は「創造性の刺激」。社員が日々取り組むブレインストーミングも、人数を集めずに一人でも実行できるようになる。

 

 これらの4つは元々社員が時間を割いてきた仕事であり、生成AIによって「社員ひとりひとりが、もっと経営の仕事ができるようになる」と星野氏。社員が伸ばすことができる経営領域の能力として「国語の表現力」「発想をひねること」「選択肢を外すこと」「個性の表現」を挙げた。

 

JR東日本:Geminiが日本の旅行体験の幅を広げる

 JR東日本グループでは、鉄道を取り巻く環境の変化に対応すべく、グループ経営ビジョン「変革2027」を策定。同ビジョンを加速するためにDXに注力しており、2023年には「DICe(Digital & Data イノベーションセンター)」を立ち上げた。DICeは社員が主導して、データを活用したアプリ開発やデータガバナンスの統制、生成AIの活用を進める組織だ。

 

 このDICeが、GoogleおよびGoogle Cloudの協力のもとに開発したのが、インバウンド向けチャットアプリ「JR East Travel Concierge」である。2024年7月29日より実証実験を開始している。JR東日本の代表取締役副社長 イノベーション戦略本部長である伊勢勝巳氏は、「Gemini 1.5の力を最大限に活用して、訪日外国人が日本での旅をより楽しく、そして安心して過ごせるようサポートするアプリ」と説明する。

 

 コロナの水際対策も緩和され、訪日外国人の旅行者が増えている一方で、彼らが直面しているのが“言葉の壁”“文化の違い”“地方の情報不足”だという。

 

 JR East Travel Conciergeでは、Geminiなどのテクノロジーを活用して、これらの課題を解決する3つの機能を提供する。

 

 ひとつ目は「情報提供」機能だ。言語の壁を越えて、旅行中の疑問や不安を解消してくれる。2つ目は「スポット提案」機能。ユーザーの好みや過去の体験に応じた観光スポットを提案してくれる。例えば、歴史に興味があるユーザーには歴史的名所を、自然が好きなユーザーには絶景スポットを勧め、地方を含めた新たな旅先の発見を助ける。

 

 3つ目は「旅程生成」機能。ユーザーが選択した旅先を組み合わせて、最適な旅行プランを生成してくれる。「パーソナライズされた観光を提案してくれ、自国にいながらスマホひとつで計画を立てられる。そこから、新幹線の予約にもつなげていきたい」と伊勢氏。

 

 伊勢氏は、「Googleのようなグローバルなネットワークとプラットフォームを活用していくことで、世界中の人が、より日本を旅行しやすくなるのではないか」と語った。

 

日本テレビ:Geminiでデータから新たな価値を生み出す

 日本テレビは、「共に新しい働き方を創造し、価値を創造する」というコンセプトのもと、データやAIを活用したDXに取り組んでいる。同社がGeminiで推進するのは、業務改善にはとどまらない“事業貢献”への活用だ。

 

 同社の主要ビジネスはコンテンツに広告出稿してもらうことであり、その中で、“コンテンツの中身”に即したターゲティング広告である「コンテクスチュアル広告」を提供する。コンテンツに含まれる物体やセリフを検知して、その内容に沿った動画広告を配信するこの商品を、Geminiを使って構築した。

 

 同社がGeminiを選んだ理由は3つあるという。ひとつ目は「親和性」。マルチモーダル、ロングコンテキストに対応するGeminiは、動画コンテンツを豊富に抱える同社と親和性が高い。

 

 2つ目は「Google Cloud製品とのシームレスな連携」。同社のデータ基盤は「BigQuery」、ドキュメントはGoogle Workspaceに格納しているため、社内データやナレッジをAI活用する環境がすぐに整えられる。3つ目は「周辺プロダクトの充実」。モデルだけではなく、Vetex AIのAgent Builderや「Cloud Run」など、アプリケーション開発のためのサービスが充実している。

 

 コンテクスチュアル広告の仕組みとしては、まずGeminiが、クラウドストレージの動画から物体や音声、シーンを抽出する。これらのカテゴリをGeminiが分類して、それを基に動画広告を配信する。さらには、Agent BuilderやCloud Runを用いることで、データの抽出結果を活用するための対話型のチャットも構築した。

 

 Geminiによるデータ抽出のフローにおいては、「Langchain on Vertex AI」でタスク全体をマネージドサービスとしてAPI化しており、さらに「Context caching」で計6回に及ぶGeminiの呼び出しを精度とコストの両面で最適化している。これらの仕組みを構築したことで、65%のコスト削減につながったという。

 

 日本テレビ放送網のDX推進局 データ戦略部 主任である辻理奈氏は、「生成AIはPoCから実用化のフェーズに来ており、日本テレビでも、広告商品やコンテンツ制作に積極的に活用していく。変化の激しい生成AIにスピード感を持って追随するには、用途に応じて最適な選択をしていくことが重要」と強調した。

 

ヤマト運輸:運ぶ力とデジタルの力を掛け合わせた未来の物流の創出

 「運ぶ」を通じて「豊かな社会の実現」を目指すヤマト運輸。Eコマースの成長などにより宅急便の取扱量が年間23億個にまで達する中で、同社が推進するのがデジタル技術を活用したオペレーション改革である。

 

 同社がGoogle Cloudのソリューションで構築を進めるのが、効率的で持続可能な物流システムだ。フロントエンドにはGoogle Maps PlatformとGoogle Cloudを活用し、バックエンドにはスケーラビリティの高い「AlloyDB」を採用して、将来的なデータ量の増加に対応する。

 

 具体的には、AIによって担当エリアの割り当てや配送ルートを柔軟に最適化できる仕組みを実装する。一部のドライバーへの負担集中を防ぐ仕事量の平準化を目指しており、これにより配達可能個数が10%増加する見込みだという。

 

 事業環境の変化に対応できるよう、これらのシステム開発はGoogle Cloudのアメリカ、フランス、シンガポール、そして東京のチームと協力して、アジャイル開発で進めた。現在も、数週間から1か月のサイクルでリリースを続けている。最前線で働く同社のドライバーもプロジェクトに参画し、Google Cloudの開発メンバーも同社の現場を体験することで、互いに感度を合わせているという。

 

 ヤマト運輸の執行役員 輸配送オペレーション システム統括である秦野芳宏氏は、「このシステムは始まったばかり。現場とテクノロジー、経営が一体となってヤマト運輸の良さをテクノロジーの中に組み込む」と説明。加えて、「運ぶ力とデジタルの力を掛け合わせて、物流の未来を切り開き、社会に貢献し続けたい」と強調した。

 

トヨタ自動車:GKEとCloud Workstationsで“ものづくりの現場”でのAI開発を

 トヨタ自動車は、AIやデジタル技術の活用を、運転サポートやコネクテッドカーの領域だけではなく“ものづくり”の現場においても推進している。トヨタ自動車の生産デジタル変革室 AIグループ長 である後藤広大氏は、「100年に一度の大変革期と呼ばれる現在、特に少子高齢化による労働人口の減少は製造業で深刻な問題であり、テクノロジーによる自動化は必須」と説明する。

 

 同社では、専門知識を持たない現場社員でも必要なAI機能を自ら実装できるように、2022年、Google Kubernetes Engine(GKE)を用いたAIプラットフォームを構築。次のステップとして、そのAI活用をグローバルにも展開していく。

 

 グローバル化を進めるには、2つの問題があるという。ひとつは「GPUリソースの効率化」。広く展開していくには、スケーラビリティとセキュリティを確保しつつ、運用コストを最適化する必要がある。もうひとつが「AIの活用範囲の拡大」だ。日進月歩のAI進化にあわせて、開発者の環境も整えなければいけない。

 

 GPUコストの最適化には「GKE Autopilot」と「イメージストリーミング」を活用した。イメージストリーミングは、コンテナイメージをダウンロードしながらノードを起動でき、機械学習モデルの学習に必要なポッドの起動時間を、従来のゼロスケールと比較して75%短縮。学習コストも20%削減できたという。

 

 結果、AI開発を始めて2年ほど経つが、製造現場で働く作業者の工数は年間1万時間も削減された。「現場で余力が生まれることで、新しいものづくりへの挑戦を始めている」と後藤氏。

 

 AIの進化への対応には、マネージドなクラウドベースの開発環境である「Cloud Workstations」を導入した。開発環境の構築スピードを高め、維持管理やセキュリティ対策も効率化できる。日々新しくなるGPUの検証やミドルウェアのバージョンアップに対しても、複数の開発環境で対応可能であり、結果、環境構築のスピードを10分の1に短縮できたという。

 

 現在は、開発者体験の更なる向上を目指して、Geminiがコーディングを支援する「Gemini Code Assist」の検証を開始している。

 

 後藤氏は、「これからもAI技術は進化を続け、ものづくりにおけるAIの適用範囲は拡大していく。特に生成AIは顕著であり、Geminiの活用も視野に入れている。製造現場における知見のデータベースをRAG化することで、ドメイン知識の共有と活用範囲を加速させていきたい」と今後の抱負を語った。

 

SMBCグループ:ワークスペース環境のマルチクラウド化でレジリエンスを強化

 SMBCグループの歴史を紐解くと、三井は「現金掛け値なし」、住友は「南蛮吹き」と、販売と技術でイノベーションを生み出したことが起源であり、その後も時代に応じたイノベーションを続けてきた。現在では、デジタルを活用した新たなサービスや事業の創出に取り組んでいる。

 

 その代表的なサービスが、個人向けの総合金融サービス「Olive」だ。ひとつのアプリで銀行口座やクレジットカード、証券、保険などのサービスをシームレスに提供しており、2023年3月のリリースから既に300万人を超えるユーザーを獲得している。三井住友フィナンシャルグループの常務執行役員である高松英生氏は、「Oliveは、SMBCグループにおける銀行やクレジットカードなど、関係会社が連携して企画して、グループ内のIT会社である日本総合研究所が一元的に開発を担うなど、グループの総力を挙げている」と説明する。

 

 このようなイノベーションの創出や非金融分野も含むデジタル事業の拡大といった“攻めのIT”を加速するべく、中期経営計画ではIT投資額を1000億円増額。一方で、リスクの分析や管理といった“守りのIT”も平行して強化を進めており、特に、事業継続の大前提となる、従業員のデジタルワークスペース環境においてバックアップシステムを構築する予定だ。

 

 具体的には、従来から利用していたMicrosoft 365に加えて、新たにGoogle Workspaceも導入し、マルチクラウド化によってワークスペース環境のレジリエンスを強化する。クラウドサービス間をIDで連携して、全ての従業員が常に、いずれかのクラウドサービスを利用できるよう進めている。

 

「ワークライフバランス、働き方の多様化を重視するためには、社員がいつでもどこでも安心して働ける環境が重要になる。例えば、システムの不具合で電子メールが使えない、ウェブ会議が使えないという事態になると、途端にグループ数10万人の社員の仕事が滞り、会社全体で大きな損失を生んでしまう。ワークスペース環境においても、基幹システム同様に強固なレジリエンスが必要な時代」(高松氏)

 

 高松氏は、「攻めと守りの施策を強固にしていく中で、攻めの手法のひとつである生成AIについても、専用の環境を構築して活用を進めている。今後は社内の各種業務の効率化に用途を広げていく予定」と締めくくった。

 

文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp