AIバブル崩壊をめぐって

AI要約

AIが経済成長に寄与しないとするMITの教授の主張が注目を集めている

AIへの投資が増えているが、利益が期待されるほど上がっていない状況

AIの普及が予想より遅く、バブルの可能性があるが、その崩壊が必ずしもネガティブではない

「AIは経済成長を引き起こさない」という、マサチューセッツ工科大学(MIT)ダロン・アセモグル教授の主張を朝日新聞が取り上げたことが大きな話題になった。「AIバブル」状態の相場に冷や水を浴びせるような内容が注目されている。

 「AIは経済成長を引き起こさない」という、マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)教授の主張を朝日新聞が取り上げたことが大きな話題になりました。「AIバブル」状態の相場に冷や水を浴びせるような内容が注目されています。

 

「AIの普及で未来はバラ色」に疑問符

 ダロン・アセモグル教授はトルコ出身のMITの経済学の研究家。有名な著書に『国家はなぜ衰退するのか』があります。おおまかに言えば、自由民主主義の政治制度がなければ、富の再分配やイノベーションが阻害されるため、いずれ経済は発展しなくなって停滞するという内容です。2023年の『技術革新と不平等の1000年史』では、「技術革新そのものが富の再分配をもたらすわけでなく、不平等も作る要因になっていく」と主張していました。

 

 アセモグル教授が大きく注目を集めることになったのは、4月に発表した論文「The Simple Macroeconomics of AI(AIのマクロ経済学)」。過去の主張をAI分野へと広げて予測を展開するものでした。

 

 内容をかいつまんで紹介すると、AIは基本的にこれまで人間がやっていた仕事をAIに置き換えるものなので、仕事が増えるわけではないとするもの。単にAIへの置き換えによってコスト削減や生産性向上をするだけなら、ミクロ経済への効果はあるものの、マクロ経済への効果は限定的であり、GDPへの貢献度は低いというわけです。

 

 具体的には、AIは今後10年間でアメリカの生産性を0.5%、GDP成長率を累積で0.9%しか向上させないと予測しており、AIが引き起こす成長性に疑問を掲げています。さらにAIを握っているのはGAFAMであって、AIは彼らの力を強めることになり、格差の拡大にも繋がる可能性が高いとしています。AIの普及が進めばバラ色になるという未来像に対して正面から反論する内容でした。

 

AIはまだ投資に見合った利益を出していない

 2023年に、AIへの投資は爆発的に増えました。スタンフォード大学の調査(によれば、2023年だけでアメリカでは672億2000万ドル(約10兆円)に達するという途方もない額が投資されています。また、世界での生成AIの投資に限ると252億3000万ドル(約3兆8000億円)と、2019年と比べると30倍以上になっています。問題は、その割に生み出している利益が少なすぎるのではという疑問が出始めているのです。

 

 例えば、調査会社FUTURESEARCHが発表した推計では、OpenAIの年間利益を34億ドル(5100億円)と推測しています。

 

 7月24日のThe Informationの分析記事では、GPTのトレーニングに年間70億ドル(約1兆円)かかり、さらに人件費が年間15億ドル(約2250億円)かかっているとしています。そのため、今年50億ドル(約7500億円)の損失が出ると予測されており、そのため、来年には大型の資金調達を必要とするであろうと予想されています。この巨大な投資の埋め合わせができるほどの利益をOpenAIは上げていないとしています。

 

 2024年6月に、ゴールドマン・サックスは「GEN AI: TOO MUCH SPEND, TOO LITTLE BENEFIT?(生成AI:使いすぎなのに、恩恵は少ない?)」という特集記事を発表しました。先述のアセモグル教授のインタビューを掲載しつつ、生成AIの効果について、賛成反対の両方の立場から分析しています。

 

 アセモグル教授はここで、AIでは伝統的にITの分野で実現されてきたと言われる「スケーリング則」が有効ではないこと主張しています。計算能力やデータを2倍にすればそれだけITでは効果が上がりますが、AIでは必ずしもそうではないと。AIのアウトプットに2倍の性能向上があっても、それが優れていることにはならないということです。そもそも、AIが2倍の性能になるということが何を意味しているのかも明確ではないと。

 

 ゴールドマン・サックスのリサーチャーのジム・コヴェロ(Jim Covello)氏はさらにもう一歩進み、「AI技術の開発と運用にかかると推定される10億ドル規模のコストに対して十分なリターンを得るためには、複雑な問題を解決できなければならないが、AIはそのようにはできていない」と主張しています。

 

 インターネットの黎明期は、低コストのソリューションであったために、アマゾンのようなEコマースが実店舗に有利で成長する余地がありました。それとは異なり、高価なAIが低賃金労働の置き換えになることは難しいと論じています。加えて、NVIDIAの独占的状況が価格を下げることを難しくしており、今後、AIのコストが十分に低下し、多くのタスクを自動化することが手頃な価格にまで下がるとは考えられないともしています。「生成AIが世に出てから1年半が経過したが、真に変革をもたらすような、ましてや費用対効果の高いアプリケーションはひとつも見つかっていない」(コヴェロ氏)というわけです。

 

 一方で、同じゴールドマン・サックスの別のアナリストのジョセフ・ブリッグス(Joseph Briggs)氏は、より楽観的な意見を述べています。AIが最終的に全作業の25%を自動化し、今後10年間で米国の生産性を9%、GDP成長率を累積で6.1%向上させると予測しています。これはアセモグル教授による「AIが全作業の4.6%しか自動化しない」という仮定よりも、かなり大きな見積もりです。

 

 この違いは、ブリッグス氏がAIを使った自動化によって労働者が再就職や再配置をされたり、今存在しないタスクが創出されるという、技術革新が新しい労働機会を促進するという予測を組み入れているところから来ています。

 

 「最も恩恵を受けると予想されるのは、コンピューティング、データインフラ、情報サービス、映画・音響制作などの産業であり、導入率は今後数年間、GDPの大幅な向上を達成するのに必要な水準を下回る可能性が高い」(ブリッグス氏)。長期的には労働者1人当たり年間数千ドル規模の大幅なコスト削減を生み出すことで、大きく経済成長を生むものと予測しています。

 

期待と現状のギャップから「必然的にバブルになる」

 これに関連して、直近のユーザー動向をまとめたのが、テクノロジーアナリストのベネディクト・エヴァンス(Benedict Evans)氏が公開した「AIの夏(Summer of AI)」。今のChatGPTの課題をまとめた記事です。

 

 記事では、「(ChatGPTが)1億人のユーザーを獲得するまでのスピードは、罠だったのかもしれない」と論じています。そもそも2007年に発売されたiPhoneは初年度に540万台しか売れず、普及するのも2010年と数年がかかったと。ところが、ChatGPTはわずか1年で数億人のユーザーを抱えてしまったことで、みんなが勘違いしたかもねということです。ChatGPTは過去25年間で積み重なってきたインターネットの世界的なインフラに乗っかってユーザーを抱えたものの、それはユーザーへの実際の浸透を示しているわけではなかったと。それが実際に使い続けているユーザーは少ないという形で出ていると。

 

 現に、過去18ヵ月間にAIをさわった人のうち、習慣的に使っている人は全体の20%以下にとどまり、毎日使っている人は5%以下。週に1度としてもアメリカでも17%程度にとどまります。AIサービスは世の中に言うほど浸透しておらず、継続して使える魅力的なサービスになっていないというのが現状だというわけです。

 

 「ほとんどがまだ実験的な予算しかない技術のために、唖然とするほど多額の設備投資(そして他の多くの投資も)を前倒しで行っている」と論じ、「実際の製品を作りながら、製品と市場の適合性がどのようなものかを見極めようとする、ゆっくりとした痛みを伴う時期をスキップしてしまったのだ」としています。「LLMは、実際のユーザーに会う前に、これが何なのか、何のためのものなのかを考え、『すべてを実現するものだ!』と直感したのだ」。そのうえで、投資がAI分野へと過剰に集中する状態が生まれており、「必然的にバブルになる」と述べています。

 

 「LLMは、既存のソフトウェアのほとんど、あるいはすべてを飲み込むことができるかもしれない。LLMは、これまでソフトウェアになかったような膨大な種類のタスクを自動化することができるかもしれない。(略)しかし、今年は違う」と結論。エヴァンス氏は必ずしも、AIに否定的な立場ではないのですが、今この瞬間に、ユーザーをたくさん獲得できている状況と、継続して惹きつけられていない状況との両方が存在することから、投資とのバランスの乖離が起きていることを指摘しています。

 

現在は人手不足をAIで埋める考えも

 ただ一方で、IT企業がこれまでどう動いてきたかというと、ITベンチャーが生まれてから株価として大きく成長しはじめるまではおよそ10年かかっているという分析もあります。そこから社会的な浸透が進んで評価が得られるのには少しズレがあると。AIもこうした目線で見る必要があるのではないかと。AIブームが1~2年前から始まったものとすれば、浸透するまでにはまだまだ時間がかかるのかもしれません。

 

 今、日本政府がAIの導入に積極的なのは、今後、日本の人口減少による労働人口の減少が避けられないという背景があります。日本は、何もしなければ経済の縮小も始まってしまいます。そのため、AIを導入することで労働生産性を上げて、経済成長につなげようという考えがあります。

 

 これは2016年の総務省「平成28年版 情報通信白書」に具体的に紹介されています。「AI導入当初」段階ではAIの業務効率化・生産性向上効果により、タスク量が減少するとしています。それが、「AIの利活用拡大」段階に入ると、新しく創出される職種へと広がっていくという将来が想定されています。

 

 現在は、「AI導入当初」段階ともいえるのですが、悲観的な立場は、この段階にとどまり経済は成長しないと予測し、また過剰投資になっていると見ています。一方で、楽観的な立場は、「AIの利活用拡大」段階に入り、新しい雇用機会を生み出すことで経済成長が起きると予想しているのです。

 

もしAIバブルが崩壊してもネガティブにはならない

 結局、今起きているのは「AIバブル」なのか。

 

 短期的に言えば、投資額が増えすぎて、収益性とのバランスが悪く、バブルだとも言える余地はあります。現在のAIをめぐる争いは、GAFAMを中心に巨大IT企業が将来のシェア争いを見越した競争になっているため、どこまで投資を続けられるかというチキンレース的な側面も持っており、限界が来るまで止まることはないでしょう。

 

 しかし、仮にバブル崩壊が起きても、整備されたインフラを利用して様々なスタートアップが出てくるので、結果的にネガティブにはならないという見方もあります。

 

 ゴールドマン・サックスでネガティブな立場のコヴェロ氏は、「企業の収益性が低下し始めたら、こうした実験への支出は真っ先になくなる」として、バブルが崩れればAIへの投資は止まるとの意見を述べています。しかしその一方で、大手IT企業自体にはドットコムバブル時代に比べて資金力があるために、「かつてに比べて問題にならない可能性もある」(コヴェロ氏)ともしています。

 

 また、AIの今後の普及に対する予測には、ポジティブとネガティブの両方の立場があり、両方の議論が錯綜していて、AIがどこまで浸透していくのかを予測することは、現時点では難しいと言えます。一方で、AIが新産業の雇用を次々に創出しているという段階にまでは、まだ進んでいないのも実情だとも言えます。

 

 

筆者紹介:新清士(しんきよし)

1970年生まれ。株式会社AI Frog Interactive代表。デジタルハリウッド大学大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。現在は、新作のインディゲームの開発をしている。著書に『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。

 

文● 新清士 編集●ASCII