「あらゆる場所、あらゆるモノ」は現実だ レイ・オジー氏と安川CTOがたどり着いたIoTの形 

AI要約

SORACOM Discovery 2024午後の基調講演で、安川健太氏がIoTとAIテクノロジーが織りなすデータ中心の世界の未来について語った。

また、ゲストとして登壇したレイ・オジー氏が東日本大震災を契機にIoTに踏み出した経緯や、新デバイスBlues Notecardの発表を行った。

最後に、SORACOMプラットフォームの進化と深化について、新機能やサービス、生成AIとの連携について紹介された。

「あらゆる場所、あらゆるモノ」は現実だ レイ・オジー氏と安川CTOがたどり着いたIoTの形 

Lotus Notesの生みの親であるレイ・オジー氏など豪華なゲストが登壇したSORACOM Discovery 2024午後の基調講演。登壇したソラコム CTOの安川健太氏は、「IoTとAIテクノロジーが織りなすデータ中心の世界へ」をテーマに、従来よりも解像度の高いIoTの未来を描いて見せた。

 Lotus Notesの生みの親であるBluesのレイ・オジー氏、Skylo TechnologiesCEOのパース氏など豪華なゲストが登壇したSORACOM Discovery 2024 午後の基調講演。登壇したソラコム CTOの安川健太氏は、「IoTとAIテクノロジーが織りなすデータ中心の世界へ」をテーマに、従来よりも解像度の高いIoTの未来を描いて見せた。

 

最初の絵はシンプルだが、裏側は実に複雑

 立ち見まで出る盛況ぶりとなった会場の参加者に感謝を伝えた安川健太CTOは、まずInternet of Thingsが実現する世界感について共有。「ヒトやモノや、それに付随するイベントが有機的につながり、連携することで、よりよい世界を実現する未来を想像している」と語る。この世界観がソラコムのビジョンである「世界中のヒトとモノがつながり、共鳴する社会へ」に直結しているわけだ。

 

 とはいえ、このIoTの世界を社会実装するためには、多くの課題を乗り越える必要がある。安川氏自身も10年前の研究員時代にデモを作ったことはあるが、それが汎用的に社会で動くことは想像できなかった。デバイスとクラウドがあり、両者が連携するところまでは描けるが、その間には通信回線が必要になるし、セキュリティやクラウドサービスの連携、デバイスの動作や管理なども重要だ。「IoTって最初の絵はシンプルだが、裏側は実に複雑」と安川氏は語る。

 

 これらIoT実装のための共通課題を解決するプラットフォームとして作られたのがSORACOMになる。プラットフォームはイノベーションの芽を育てるための土壌。「最初は全部自分の手の上でできると思うかもしれないけど、それだと本当の課題以外のところに時間がかかってしまう。だから、みなさんにはプラットフォームの上に載ってもらって、本来の課題やアプリケーションにフォーカスしてもらう。ユーザーにはIoTの楽しい部分に集中してもらうというのが、われわれのコンセプト」と安川氏は語る。

 

 現在、SORACOMプラットフォームは通信のほか、クラウドに安心・安全につながるための仕組み、パブリッククラウド連携、データの保存や可視化、リモートデバイスへのセキュアアクセス、パケットキャプチャ、セルラー以外の通信手段からの接続など、さまざまな機能をサービスとして提供している。

 

 こうしたSORACOMの活用はあらゆる業種・業界に広がり、日本だけでなく、グローバルでの事例も増えた。その1つの原動力となるのが、パートナーとのエコシステムだ。安川氏は、「IoTはチームスポーツ。1社だけでは全部のことはできないので、パートナーと連携しながらみなさんのIoTプロジェクトを、つねに加速させてもらっている」と語る。

 

東日本大震災を契機にIoTに踏み出したオジー氏

 続いて、安川氏が最初のゲストとして紹介したのは現Bluesのレイ・オジー氏だ。同氏はグループウェアの代名詞であったLotus Notesの生みの親であり、その後P2P型グループウェアのGroove Networksを設立。同社がマイクロソフトに買収された後は、CTOとしてMicrosoft Azureの立ち上げに貢献し、ビル・ゲイツ氏からCSA(Chief Software Architect)を譲り受けている。ネットスケープのマーク・アンドリーセン氏と並ぶソフトウェア業界のレジェンドと言える人物だ。

 

 登壇したオジー氏は、「私も開発者の1人なので、開発者のカンファレンスに招待していただいてうれしい」と挨拶。Bluesを創業するまでのこの10年の道のりを語る。

 

 2010年にマイクロソフトを退社したオジー氏は、翌年に3月11日に起こった東日本大震災の復興に関わっていた。実際に東京にまで足を運び、技術者の一人として、なにができるか?を関係者とディスカッションしながら考えた。集まった30人のメンバーは、デバイスやファームウェア、クラウドなどを熟知していたメンバーだったが、オジー氏はクラウド側のエキスパートとしてプロジェクトに関わっていたという。

 

 ディスカッションの結果、手がけることにしたのは、放射線の汚染状況のモニタリングだ。そのために構想したのが、放射線を計測できるガイガーカウンターをデバイスにつなぎ、ネットワーク経由でクラウドにデータを送るという、今でいうIoTのシステムだ。デバイスはモバイルと固定型の2種類を用意し、モバイルデバイスは車で持ち運び、固定型のデバイスは危険度の高いエリアに円環状に配置し、放射線量を収集することにしたという。

 

 オジー氏は、「簡単なことに思えたが、実際にやってみると大変なことばかりだった」と振り返る。まずは電力の確保。ソーラーパネルでの充電を試したが、何年も安定して動作するかはわからなかったという。また、通信環境も課題で、セルラーがつながらないところでは、LPWAのような長距離・省電力な通信技術を試す必要があったという(2Gはすでに日本では停波していた)。

 

 「下手すると2~3年かかるプロジェクトであると認識した」とオジー氏は語る。しかし、ひとたびうまくいけば、いろいろな場所でデータを取得することができ、さまざまな可能性があることも認識したという。「私のキャリアを通じて理解していることは、複雑性があればすべてを台無しにしてしまうということ。開発者がなにをやろうとしても、複雑性があると、なにもかもがうまくいかない。道はなくなってしまう」(オジー氏)。

 

デバイス、SORACOM、衛星通信で実現する世界

 こうした課題意識からオジー氏が2018年に立ち上げたのが、現在CEOに就任しているBluesだ。「iPhoneのようにすべて統合されたIoTデバイスがあり、デバイス、ファームウェア、通信、クラウドまで一気通貫で連携したできたら、なにができるかを考えた」ということで、作ったのが「Notecard」というデバイスだ。

 

 NotecardにはセルラーやWiFi版、LoRa版、セルラー+Wi-Fi版などいくつかの製品があるが、ATコマンドでJSONデータを送信すると、さまざまなプロトコルの違いを吸収し、統一的にクラウドにデータを送り込むことができる。そして、今回オジー氏からはSORACOM版のNotecardである「Blues Notecard for Soracom」の発表が行なわれた。

 

 安川氏は、「実際に使ってみたが、つないで電源を入れると、自動的に内蔵のeSIMがアクティベイトされ、JSONデータをそのままネットワークに送られる。非常にスムースな体験ができました」と語ると、オジー氏はスライドに表示されたリンクを示して「ぜひ使ってみてほしい」とアピールした。

 

 Bluseの利用例として挙げられたのはロシアと交戦中のウクライナの非営利団体だ。実際にウクライナの各地に設置されているが、セルラーネットワークの一部は破壊されて使えない。そこで、新たに投入されたのが、衛星通信対応のNotecardだ。ソラコムともパートナーシップを結ぶSkylo Technologiesと提携し、衛星通信とセルラーネットワークのハイブリッドでの通信を実現した。2011年の東日本大震災で苦労していた通信の課題を衛星通信でカバーしたわけだ。

 

 ソラコムは同日午前中の基調講演でSkyloとの協業で実現した衛星通信サービス「planNT1」を発表している。安川氏は、ソラコムのIoTプラットフォーム、Notecardのようなデバイス、そしてSkyloのテクノロジーの組み合わせで、衛星とセルラーを行き来して通信する検証のキャプチャを披露し、衛星IoTの利用が現実的な選択肢であることを示した。

 

 昨年に続いて登壇したSkyloのCEO パース氏は、「健太とは空き時間があればドラッグレースのゲームをやっている。それくらい速いのが好きということ(笑)。Skyloとのパートナーシップも一番早かった。すでにβプログラムを提供できるようになっている」とコメント。そして、「一番私が興奮しているのが、ソラコムのSIMとBluesのデバイス、そしてSkyloのネットワークを組み合わせれば、誰でも、どこでもつながるデバイスがすぐに作れるといこと。開発者のみなさんには、このツールを使って、世の中に対してなにができるかを考えてほしい」と聴衆に語りかける。

 

 オジー氏も、「このパートナーシップにとても興奮している。開発者が課題に取り組み、迅速に解決できることをサポートしていきたい。なぜなら、衛星通信とセルラーをシームレスにつなぐことができるこのソリューションは、とても正しいアプローチだからだ」とコメント。安川氏も「Blues、Skyloに加え、われわれにはいろいろなパートナーがいます。さまざまなツールを組み合わせることで、チャレンジに取り組んでいける」と聴衆にメッセージを送り、降壇する二人のゲストへの拍手を促した。

 

進化と深化を続けるSORACOMプラットフォームの最新動向

 興奮冷めやらぬ基調講演の後半は、SORACOMプラットフォームの「シンカ」がテーマとなった。シンカがあえてカタカナになっているのは、これまでになかった機能やサービスを生み出す意味での「進化」と、より深くユーザーの課題に対してダイブする「深化」の2つの意味があるから。

 

 前者の「進化」について説明したのは、ソラコムのChief Engineering Officerである片山暁雄氏。「午前中の基調講演では、心臓が悪くなって倒れる役ということで、登場させていただいた」とコメントする。

 

 SORACOMプラットフォームは、サービスローンチ以来つねに進化を続けており、2週間に1回のペースで新機能や機能改善のリリースを継続している。片山氏の率いるエンジニアリングチームは、600万回線、3万以上までユーザーが増えた現在も、日本のみならず、グローバルにおいて先を見据えた拡張を進めている。また、大規模なIoTシステムを前提に、アカウントダッシュボード、コンソールの高速化、詳細な料金明細表示なども強化しているという。

 

 同日発表されたのは、内部統制を評価するための監査レポートである「SOC2 Type 1報告書」受領の報告。これはセキュリティや機密保持に関する取り組みを第三者機関に評価してもらうための取り組みで、SORACOMプラットフォームとユーザー環境を含む監査でも活用できるという。

 

 サポートチャットボットのアップデートも発表された。これは昨年発表されたばかりで、サポートの回答として生成AIによる回答を選べるようになっているのだが、今年はもう少し踏み込んでコンソールにQ&Aメニューを追加。質問に対して生成AIがチャット形式で答え、ドキュメントも提示してくれる。サポートチャットボットは昨年から研究を続けており、すでに5世代目に突入している。

 

 午前中に発表された「SORACOM Query Intelligence」は、ユーザーデータや通信履歴などを含むソラコムのプラットフォームデータに対して、自然言語でクエリが行なえるという機能。具体例として利用された「過去3日間でアメリカで使われたSIMを特定し、地図上に位置情報とともに表示してください。AT&TとT-Mobileでイベント数の多い順に上位30くらいで。キャリア別に色分けしてほしい」という細かいリクエストに対しても、きちんと地図とSIMの利用場所をマップしてくれた。マップ生成に利用したSQLも見られるので、クエリの妥当性も調べられるという。

 

 さらにWebブラウザ経由でデバイスに直接接続できる「Web Terminal」も新機能の1つだ。従来はデバイスに直結できるエンドポイントを提供するSORACOM Napterというサービスがあったが、利用に当ってはエンドポイントとターミナルの設定が必要だった。しかし、Web Terminalであれば、コンソール上でSIMを選び、接続設定のダイアログが出れば、OKを押せばWebブラウザ上にターミナルが立ち上がる。通信もWebSocketを用いているので、エンタープライズでありがちな、ファイアウォールやプロキシを超えられないという課題も解消できるという。今後はSSH以外のプロトコルにも対応する予定だ。

 

 最後に紹介されたのは、デバイスとクラウド、オンプレミス環境を双方向につなげるVPGにも新たに「VPG TypeF2」が追加され、接続がより容易になった。従来から提供してきた大規模ユーザー向けのVPG-TypeFでは、デバイスからの接続のためにゲートピアと呼ばれるVX-LANゲートウェイをクラウドやオンプレミスに設置する必要があったが、VPG Type-F2ではこのゲートウェイが不要になる。「シンプルにネットワークを構築してもらえるし、より柔軟なルーティングも行える。より大規模なIoTネットワークを構築したいとか、双方向でつなぎたい場合はType-F2を選択していただきたい」と片山氏はアピールする。

 

 片山氏は、「SORACOMプラットフォームを進化することで、IoTの敷居を下げる民主化を進め、ユーザーのIoTビジネスをより拡大していきたい」とまとめた。

 

SORACOM Relayで価値創造に集中できたクラリオンライフサイクルソリューションズ

 続いてのトピックは、ソラコムの案件としても増えてきたカメラ。カメラの画像とAIを組み合わせれば、いろいろな可能性が広がるのは自明だが、カメラの多くはクラウドにつながっていない。しかし、ひとたびインターネットにつなげてしまうと、セキュリティ的に危険な状態に陥るカメラもある。

 

 こうしたカメラの課題に対して、昨年発表したのが、SORACOM AirやArcの安全な通信路を利用し、既存のIPカメラを追加ソフトなしでセキュアにクラウド接続する「SORACOM Relay」になる。ユーザーが動画をリクエストすると、SORACOM RelayがIPカメラで汎用的に用いられているRTSPのプロトコルを用いてセキュアなWireguard経由で動画を取得。ユーザーのクラウドに動画データを届けるという仕組みになっている。

 

 ここで登壇したのはSORACOM Relayを活用するクラリオンライフサイクルソリューションズの鶴巣亨輔氏だ。

 

 カーステレオ、カーナビ、アンプなどを手がけるクラリオンの子会社が集まって2000年にできたのが前身となるクラリオンセールスアンドマーケティング。その後、2019年にフランスの自動車部品メーカーであるフォルシアの傘下に入り、2023年にクラリオンライフサイクルソリューションズに商号を変えている。現在は「安心・安全・快適」を掲げ、バスやトラック、営業車、建機、タクシーなどおもに働く車に向けてのデバイスを開発・販売している。

 

 今回、SORACOM Relayを採用したのは、今秋発売される通信型のドライブレコーダー「CF4000」になる。ソニー製の高品質カメラを4台備え、AIによる画像認識で危険運動の挙動を検知・警告する予防安全機能を搭載するほか、駐車中の不審者や衝撃を監視する。検知データはすべてクラウドに送信され、データ分析やレポート作成に活かせるという。

 

 最大の目玉は、特定の車両やドライバーの状況をリアルタイムに確認できるライブ配信機能だ。映像・音声データの送信にはSORACOM Relay、通信にまつわるデータの送信にはSORACOM Beamを用いているという。SORACOM Relayを採用したのは、サーバーからデバイスを特定し、リクエストを送信できる点や映像・音声に特化したRTSPを利用できる点が大きかった。また、バックエンドのサービスをソラコムに任せることで、本来やるべきビジネスや価値創造に集中できる点を評価。さらにデバイスとSORACOMプラットフォームのセキュリティが確保されているのもメリットだという。

 

 鶴巣氏は、「交通事故の直後やドライバーの体調不良、駐車時の異常などがあったとき、車やドライバーの様子を見たいタイミングで高精度のカメラ画像を瞬時に見られる。IoTとオートモーティブの世界が接点が広くなっている。私たちは安心・安全・快適を実現すべく、ソラコムの技術部隊と協力しながら、お客さまの課題を解決していく」とまとめた。

 

 今回、ソラコムは同社との話し合いを経て、サーバーの稼働時間を抑えるリザーブドプランを新たに用意した。また、SORACOM Relayにおいてもモーション検知機能がサポートされた。ソラカメのみならず、クラウド上に蓄積されたデータから検知した静止画をアップロードし、AI等で分析できるようになった。

 

生成AIをSORACOMプラットフォームに埋め込み、連携できるように

 最後、生成AIの取り組みについて説明したのが、ソラコムのCTO of Japanの松井基勝氏だ。

 

 ソラコムは昨年から生成AIへの取り組みを本格化しており、昨年の7月にはユーザーデータの分析に生成AIを活用できるHarvest Data Intelligenceを発表したり、松尾研究所と共同で「IoT×GenAI Lab」を設立したりしている。松井氏は、「生成AIはマルチモーダル化したり、性能も上がっており、もっと活用できると考えている。IoTと生成AI、そしてみなさんお持ちのドメイン知識を組み合わせて、活用できる機運が上がってきました」とコメントする。

 

 松井氏は、午前中に紹介したSORACOM Fluxの動画から、AIモデルを選定できるメニューを紹介。「みなさん推しのAIモデルがあると思うのですが、OpenAIの持ち込みやAmazon Bedrock、Google Geminiなどにも対応しています。普段使ったことないものを試していただき、自分のユースケースに当てはめることもできます」とアピールした。

 

 複数のAIモデルの利活用も可能。従来のMLやHaikuのような軽量モデルを使ってまずは条件分岐を設計し、対象を抽出した画像だけ高度なモデルで深掘りするといった手法も有用だという。また、生成AIの出力を自然言語のテキストではなく、JSON形式にすると、システムの連携が容易になるという。もちろん、Webhookを経由して、カスタムロジックなどを実行するなど、外部APIサービスや自社システムとの連携も有効だという。

 

 今度はSORACOMプラットフォームと生成AIの連携も進めていく。アクションやイベントソースの拡充に加え、SORACOM Fluxに送信されたデータの活用、外部サービスの連携も強化していく。「こんなデータ欲しいとか、こんなサービスと連携したいんだけどという声をお待ちしております。まずは帰って、SORACOM Fluxのアプリを作成してみてください」とのことで、SORACOM Fluxキャンペーンを告知した。

 

 SORACOMプラットフォームの進化と深化を掘り下げた基調講演。安川氏は、SORACOMプラットフォームの一覧を披露し、サービスの機能やデータ活用についてまとめる。さらに新発表のSORACOM Fluxや生成AIについても言及。「今までのように人間が見て判断するための方法も充実させていきますし、今後は一層AIを活用し、デバイスの動きも自動化して、より多くのユースケースで、当たり前のようにみなさんのアイデアを形としていけるプラットフォームにしていきたい」と抱負を語り、午後の基調講演を終えた。

 

文● 大谷イビサ 編集●ASCII