「だいち4号」(ALOS-4)を徹底解説–世界でも希少なLバンド合成開口レーダ衛星の実力(秋山文野)

AI要約

2024年7月1日、JAXAのALOS-4が無事に打ち上げられ、初期のクリティカルフェーズを終えた。

ALOS-4はALOS-2の後継機であり、観測幅が4倍に拡大され、夜間でも観測が可能。

ALOS-4は強力な観測幅とデータ処理技術を採用しており、日本の災害対応能力を向上させる。

「だいち4号」(ALOS-4)を徹底解説–世界でも希少なLバンド合成開口レーダ衛星の実力(秋山文野)

2024年7月1日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」がH3ロケット3号機で打ち上げられた。7月3日までに衛星は初期のクリティカルフェーズを無事に終え、太陽電池パドルとレーダーアンテナ、AIS受信アンテナの展開に成功した。まずは一安心、これから機器のチェックアウトと試験観測フェーズに入る。

ALOS-4とは

 ALOS-4は、運用中の合成開口レーダ(SAR)地球観測衛星「だいち2号(ALOS-2)」の後継機だ。SAR衛星とは、アンテナから電波(マイクロ波)を発射して、地表で反射した電波を同じアンテナで受信して地表の様子を調査する。

 2014年に打ち上げられた先代のALOS-2は、Lバンドと呼ばれる山間部の観測に適した波長を利用し、およそ南北方向に幅50km、分解能3m(ストリップマップモード時)で観測を実施できる。ALOS-4ではこの観測幅が4倍の200kmに拡大した。自ら電波を発するため、太陽光の反射を利用する光学衛星と異なり夜間でも観測が可能だ。

 ALOS-2は世界の任意の地点を昼夜12時前後に観測する。2024年1月1日午後4時すぎに発生した能登半島地震では、被災状況を発生からおよそ7時間後の午後11時すぎに観測した。被害状況を深夜にいち早く観測できたことから、翌日以降の航空機での観測や商用地球観測衛星の追加観測計画づくりなどにそのデータが活用された。また、光学衛星は雲の下を撮影できず、気象条件によっては航空機も飛行できないが、マイクロ波は雲を透過するため、SAR衛星ならば天候に依存しない観測が可能だ。

能登地震ではALOS-2の観測データを一般公開

 JAXAは能登半島地震のALOS-2データを政府や自治体等での公共利用、および大学等における研究利用といった目的で一般公開している。地震発生後の観測データに加えて、比較対象となる過去のデータも合わせて公開されており、研究や教育用途で利用できる。筆者はこのALOS-2の能登半島地震観測データを使って、5~6月の2カ月を地震の被害状況の解析に取り組んでみた。

 一般にSARのデータは、カラー画像が得られる光学衛星の画像と比べて直感的でなく、情報を読み取ることが難しい。特有のノイズの影響などもあって簡単ではないが、海岸線の隆起や土砂崩れなどの被害を広範囲に、確実に捉える力は確かだ。何よりも、遠隔地から人を危険にさらすことなく被害状況を知ることができるのは大きい。専門家に任せきりにするのではなく、メディアをはじめ誰もが被害状況の把握に参加できる意義があると考える。

ALOS-2 / PALSAR-2 観測プロダクト 「令和6年(2024年)能登半島地震」

能力を受け継ぎつつALOS-4はさらに強力に

 H3ロケット3号機の軌道投入精度は非常に良かった。打上げ後の記者会見でALOS-4の有川善久プロジェクトマネージャは「だいち4号は2号と同じ軌道面に投入する。投入精度の良さのおかげで2号と4号の連携が非常にしやすくなる」と述べた。軌道と基本的な機能は共通しながら2機の衛星が観測することで、より強力に国土を調査できるようになる。

 衛星が一度に観測できる東西方向の幅を「観測幅」といい、ALOS-2の場合は50kmだ。SAR衛星の中でも広いほうではあるものの、地震や台風といった災害が広域にまたがる場合、一度に観測しきれないことがある。能登半島は東西に60km以上あるため、能登半島地震の際にはALOS-2で観測しきれない場所が残った。九州は東西方向に広いところで200km以上あり、1回の観測では足りない。衛星のアンテナを傾けるなどして複数回の観測を合わせる対策などがあるが、より広域への対応が求められていた。

 ALOS-4は、分解能やデータ形式など基本的な部分はALOS-2と共通でありながら、観測幅を4倍の200kmに拡大している。能登半島ならば1回の観測で全域をカバーでき、九州もほとんどが観測可能だ。これはALOS-4で新たに採用されたデジタルビームフォーミング(DBF)技術によるものだ。地表で反射してアンテナに届いた電波を衛星上でデジタル処理する技術で、さまざまな方向から届いた電波を利用できるようになり、観測範囲が向上する。衛星の基本的な構造は大きく変っていないのに、ALOS-2からALOS-4で飛躍的に観測幅が増えた理由だ。

SAR観測の肝となる「強度」「位相」とは

 なお、SAR衛星の観測には、大きく分けて「強度」「位相」の2つがある。

強度

 「強度」(英語ではamplitudeなので直訳すれば「振幅」)は、マイクロ波が地表で反射して衛星アンテナに戻ってきたときの強さのことだ。電波が衛星方向に戻ってくることを「後方散乱」といい、その強度を「後方散乱強度」という。

 この後方錯乱強度は、地表を覆っている物体によって異なる。例えば自動車や海上の船舶などの金属製の人工物は後方散乱が大きい。一方で滑らかな水面は衛星と異なる方向に電波を反射するため後方散乱は小さい。観測データを画像化すると、後方散乱の大きなものは白っぽく明るく、小さいものは暗く、草地のような中間的なところはグレーになる。後方散乱強度の違いから地表の様子がわかる。そして、時間をずらして地表を撮影し、前後の画像を比較すると、変化した場所の後方散乱強度の違いから変化の性質や度合いを判別できる。

 地表の様子に変化が生じる顕著な例では、台風などの大雨で浸水が発生した場合だ。大雨の前には地面が明るく見えていた場所が、大雨後には水面が広がって暗く映る。このSARの能力と、ALOSシリーズの昼夜12時前後の観測タイミングとが合わされば、深夜12時ごろの危険で人が近けない河川の氾濫や、山間部で土砂ダムに水が溜まっている場所を知ることができる。地震だけでなく毎年のように豪雨災害が発生している日本では欠かせない能力だ。

ALOS-2は打上げから10年目を迎えて、運用予定期間を超過しているが、ALOS-4が無事に打上げられたことで、空白期間を生じずに余裕を持って衛星を交代できる。

 地表の変化を探る際に比較対象となる、定常的な観測データを豊富に用意できるようになることも重要だ。ALOS-2の能登半島地震の場合、比較対象の過去のデータは地震が発生した1月初旬とは季節がずれていたり1年以上前のものであったりと、利用の際には注意が必要だった。たとえば1月2日の観測データの比較対象は2023年の6月6日の観測データだ。6月ごろは水田に水が張られている時期であるため、水のない時期と比較すれば大きな変化があったように見えやすい。「湛水期の水田に注意」は日本でSARデータを利用する際の注意事項のひとつだ。これがALOS-4であればより高頻度に、1年間で20回程度は日本全体を定期的に観測してデータを蓄積しておける。比較にあたって直前の観測や同じ季節のデータを利用するなど、季節調整がしやすくなり、災害による変化に集中してデータを読み解くことができるようになる。

位相

 地震や火山活動のように地盤が大きく変化する災害にあたって活躍するのが、SARのもうひとつの機能「位相」を利用した「干渉SAR」と呼ばれる技術だ。

 こちらは電波の強度ではなく、電波が衛星まで戻ってくる時間、位相のズレを利用する。2回の観測で、衛星の通る軌道が同一ならば、ある地点で衛星から発した電波は2回とも同じ時間で衛星に戻ってくるはずだ。この時間に差があるとすれば、地面が衛星から遠ざかった(距離が長くなり電波の戻って来る時間が長くなった)または、地面が衛星に近づいた(距離が短くなって電波の戻って来る時間が早くなった)と考えられる。

 干渉SARでとらえられる地表の変化のスケールは波長の長さと関係があり、約24cmのLバンドの波長を利用するALOSシリーズではセンチメートル単位の変化をとらえることができる。ただし、2回以上の観測時の軌道が高い精度で一致している必要があり、観測ペアを作ることが難しい。ALOS-4は高頻度で観測ができるようになることで、干渉SARに向けたペアを作る機会も増えることが期待されている。

世界的にもかけがえのない存在となったALOSシリーズ

 過去の経緯をみると、ALOS-4はもともとH3ロケット試験機1号機に搭載される計画となっていた。

 地球観測衛星計画の立ち上げと搭載ロケットのやりくりのために、もともとはH-IIA搭載を計画していた「だいち3号(ALOS-3)」がH3TF1に搭載されることになり、ALOS-4はH3試験機2号機に変更となったのが2019年ごろだ。実際にはH3試験機1号機の打上げ失敗でALOS-3は失われ、2号機は主衛星を搭載しない決定から今回のH3ロケット3号機・だいち4号という組み合わせでの打上げとなった。複雑な経緯もあって、ALOS-4は当初の構想よりも4年近く打上げが遅れたことになる。

 この間に懸念されたのが、2014年打上げで計画寿命を過ぎているALOS-2の健康状態だ。実際には現在もALOS-2は大きな問題もなく運用が続いており、当面はALOS-4と組み合わせての利用も可能になっていて、災害時の緊急観測だけでなく、利用拡大の点でもデータの充実が期待できる。

 世界を見渡してみると、今年打上げが予定されていた米国とインド共同のLバンドSAR衛星「NISAR」の打上げが当初より遅れている。2024年春ごろだった打上げ予定は、NASAの記述によれば2025年にずれ込んでおり、データの無償配布による普及が見込まれていたNISARの活躍はしばらく待たされそうだ。

 欧州のLバンドSAR衛星「ROSE-L」は2029年打上げ計画のため、山間部の観測に強いLバンドは、当面は世界でもALOS-2、ALOS-4ということになる。2023年2月のトルコ地震や2024年4月の台湾の地震など、各国の災害でも観測協力している。ALOS-4が定常観測に入るのは打上げから6カ月以降の2024年末または2025年頭とみられる。SAR衛星が緊急観測を行わなくてはならないような災害は起きないことが望ましいとはいえ、日本の衛星がいつでも対応できる体制ようになったことは頼もしい限りだ。