100年越しの輝き 青森の旧家秘蔵、小川三知の傑作ステンドグラス

AI要約

12畳の座敷には高さ約1・2メートル、幅3・7メートルの大きな格子ガラスの窓があり、その中央には小川三知(さんち)の最高傑作のステンドグラス作品が描かれている。

座敷は「涼み座敷」と呼ばれ、青森市から車で1時間半ほどの旧家に位置し、周囲の景色との調和が楽しめる。

小川は日本のステンドグラス作家として知られ、作品は宮越家の離れで公開されており、近年一般公開されるようになった。

100年越しの輝き 青森の旧家秘蔵、小川三知の傑作ステンドグラス

 12畳の座敷には高さ約1・2メートル、幅3・7メートルの大きな格子ガラスの窓がある。その中央には白いハクモクレン、左下に青い花や黄緑色の葉を付けたアジサイ、右下に抑えた朱色のケヤキがステンドグラスで描かれている。日本のステンドグラス作家の草分け、小川三知(さんち)(1867~1928年)の最高傑作の作品の一つだ。

 この座敷は「涼み座敷」と呼ばれ、青森市から車で1時間半ほどの旧家(青森県中泊町)の離れに作られた。津軽半島の真ん中に位置し、100年以上も風雪に耐えて奇跡的に無傷で守られてきた。

 旧家は江戸時代から続く宮越家のもので、現在の当主は米穀集荷業を営む12代の宮越寛(ゆたか)さん(65)。離れは1920(大正9)年に曽祖父正治さんによって建てられた。

 座敷から外に目を向けると、ガラス窓越しに庭園の木々が見える。5月中旬、窓ガラスのハクモクレンやアジサイは、背面の新緑と調和していた。秋になると庭園の紅葉、冬には雪の白一色と四季折々の景観が楽しめる。

 ステンドグラスは、廊下の円窓(直径約1メートル)にも使われている。青い湖に緑の松、真っ白い帆掛け船をあしらった十三湖(じゅうさんこ)(青森県五所川原市)の風景だ。裏側にガラスを重ねる高度な技法が用いられ、光の当たり方次第で水面がキラキラと動いているように見える。

 浴室の窓には、カワヤナギに止まるカワセミやアヤメといった水辺の様子が描かれている。ヤナギの枝がそよいでいるようだ。

 小川三知は、東京美術学校(現東京芸術大)で日本画を学び、米国でステンドグラスの技法を習得した。帰国後、慶応義塾図書館や旧鳩山一郎宅などに数々の作品を残し、日本のステンドグラスを芸術的に高めたとされる。

 だが、震災や空襲などで焼失した作品も多い。ステンドグラス史研究家の田辺千代さん(82)は、こう絶賛する。「100年以上も前に小川が手がけたステンドグラスがそのままオリジナルで、きれいな状態で残されている。そんな作品は日本中探しても、宮越家の離れにしかない」

 正治さんは漢詩をたしなみ、妻のイハ(いわ)さんはアララギ派の歌人だった。イハさんの33歳の誕生祝いと厄除(やくよ)けを兼ね、夫妻で詩歌を詠む舞台として離れを建てて「詩夢庵(しむあん)」と名付けた。

 大地主だった宮越家は当時、東京・中野に別邸を持っていた。文化人との交流を重ねる中で、小川を知り、制作を依頼したとみられる。

 詩夢庵は長い間、非公開だった。宮越家では代々「見せびらかすものではない」とされ、地元でもほとんど存在が知られていなかった。2020年に一般公開を始めたが、そのきっかけは田辺さんの小川への熱い思いだった。

 田辺さんは、小川の日記に「青森 内潟村 宮越氏」とあるのを見つけた。発注者とのやりとりの記述もあった。青森の宮越という家に作品があるに違いないと考え、図書館で旧内潟村に該当する地域の「宮越」姓を調べた。

 すると、宮越姓が約30軒あることを突き止めた。それから、全員にステンドグラスの存在を尋ねる手紙を出すことにした。

 返信は1通も無かったが、それでもあきらめなかった。地元の教育委員会に問い合わせたところ、中泊町の寛さんの宮越家に作品があることが分かったという。

 04年、初めて宮越家を訪れた。すっかり小川の作品に魅了され、当時の当主だった寛さんの父靖夫さんに公開を勧めたが、断られた。「いつか公開される日が来るだろう」。この時はあきらめたが、後を継いだ寛さんとも連絡を取り、信頼関係を築いた。

 その中で中泊町のアシストもあった。町が離れや庭園を文化財に指定し、保存整備を進めたこともあり、寛さんが一般公開を決意した。これまで春と秋の年2回の公開に延べ1万人超が訪れ、大正浪漫に浸った。

 寛さんは「『ずっと待っていました』と涙を流して喜んでいた人もいた。公開して良かった。先祖が残してくれた宝をこれからも大切に守りたい」と話した。

 今年の春の公開は5月24日~6月30日(月曜休館)。中泊町特産直売所ピュア始発の専用のシャトルバス(1日8便)のみで来場可能で、事前にチケット(1500円、ガイド付き70分)を購入する必要がある。浴室の作品は、手前の廊下が老朽化しているため、現在は公開されていない。

 問い合わせは中泊町文化観光交流協会(0173・57・9030)。【足立旬子】