現存する「最後の野生馬のゲノム」が解読される

AI要約

モウコノウマの絶滅危惧種としての歴史、現在の保護活動、遺伝学的研究の成果について述べられている。

家畜との混血の可能性や繁殖プログラムの過程、保護活動の成果について詳しく説明されている。

モウコノウマの生態や人間との関わり、復活に向けた取り組みの歴史が述べられている。

現存する「最後の野生馬のゲノム」が解読される

かつて絶滅寸前まで追いやられた絶滅危惧種、モウコノウマの完全ゲノムがミネソタ大学のチームによって解析された。

絶滅危惧種のモウコノウマ(蒙古野馬、Equus ferus przewalskii)の全ゲノム解析を完了したことを研究者チームが報告した。一時は野生絶滅した同種は、さまざまな保護活動のおかげで、現在、飼育下あるいは再導入された群れの中で約2000頭の個体が生存している。

■絶滅寸前だったモウコノウマ

モウコノウマは、プシバルスキーウマとも呼ばれ、中央ユーラシア高地の草深いステップを原産とする絶滅危惧種だ。歴史的にこれらのウマは多くのモンゴル民話に登場し、神が乗る馬として知られていた。モンゴル人はモウコノウマを、聖霊あるいは聖人を意味する「タヒ(takhi)」と呼んでいた。

モウコノウマは、家畜の放牧や農業における競争などの人間同士による対立、厳しい冬といった気象条件などによって野生絶滅し、事実、ほぼ全滅した状態だった。1899年から1902年にかけて、ある動物商と数人の大地主が野生の子馬を多数捕獲し、飼育下繁殖プログラムを行った。残念なことにモンゴルから欧州への厳しい旅で生き残ったのはわずか53頭だった。到着した子馬たちは多数の動物園や民設の公園へと分散された。今日、飼育下にあるモウコノウマはすべて、わずか13頭の子孫だ。

1959年に正式な繁殖プログラムが開始されたが、残念ながらその時でさえ、動物園や民設の公園の間で行われていたモウコノウマの取引を管理する公的な政策は1980年になるまで整備されなかった。その結果、近親交配が進み、集団全体にさまざまな遺伝病が蔓延する結果となった。モウコノウマの平均寿命は著しく短くなり、子馬の死亡率も増加した。純血種の雌ウマで出産できる個体はわずかだった。

飼育下における繁殖プログラムに加えて、種の保存を目的とした複数の保護活動が実施され、再導入(野生復帰)および監視システム、野生馬の自生地の保護およびクローニングが行われている。その結果、野生のモウコノウマは2008年に「野生絶滅種」(野生絶滅)から「近絶滅種」(絶滅危惧IA類)に、2011年には「絶滅危惧種」(絶滅危惧IB類)になっている。

専門家の中には、モウコノウマは絶滅した野生の馬であるノウマ(Equus ferus)の亜種で、家畜ウマはその子孫だと考える者もいるが、独自の種だと考える者もいる。この議論にはいくつか研究例がある。たとえば、モウコノウマは33の染色体対を持つのに対して家畜ウマは32対だ。さらに、モウコノウマの祖先系統は16万~38万年前に共通祖先から分かれており、これはウマが家畜化されるよりずっと前のこととなる。とはいえ、モウコノウマは家畜ウマと交配されると繁殖可能な雑種を産むことができる。その交配は、モウコノウマの遺伝子プールに少数の家畜ウマを導入することによって深刻な近親交配問題をわずかでも軽減させるために行われた。