米軍機小学校墜落から65年 慰霊祭「悲惨な事故、二度と」 沖縄

AI要約

沖縄県うるま市で1959年、宮森小学校で米軍戦闘機が墜落し、18人が死亡、210人が負傷した事故から65年が経過し、慰霊祭が営まれた。

約300人が参列し、黙とうを捧げ、犠牲者の冥福を祈った。事故体験者は「二度と同じ悲劇を繰り返さないために」と誓った。

式典に玉城デニー知事も参加し、過重な基地負担の軽減に取り組む決意を示した。

米軍機小学校墜落から65年 慰霊祭「悲惨な事故、二度と」 沖縄

 沖縄県うるま市(旧石川市)で1959年、宮森小学校に米軍戦闘機が墜落し、児童ら18人が死亡、210人が重軽傷を負った事故の発生から65年となった30日、同小で慰霊祭が営まれた。

 

 遺族や事故体験者、在校生ら約300人(主催者発表)が参列。事故発生の午前10時40分ごろに合わせて黙とうをささげ、犠牲者の冥福を祈った。

 当時小学5年で、慰霊祭を主催したNPO法人会長の久高政治さん(76)は「悲惨な事故が二度と起こらない沖縄にしていきたい」と誓った。

 式典には沖縄県の玉城デニー知事も参加し、「65年前と同じ悲しみを繰り返さないためにも、過重な基地負担の軽減に全力で取り組む」とあいさつした。