人や組織を同質化させる3種類の圧力

AI要約

ディマジオ=パウエルのASR論文によると、同質化プロセスは3つのプレッシャーに分類される。強制的圧力、模倣的圧力、規範的圧力がそれに含まれる。

これらのプレッシャーは企業の行動に影響し、社会の常識を形成するメカニズムとなる。さまざまな事象で同質化が起こり、それはさまざまな研究で示されている。

しかし、それぞれのフィールドでの常識は他フィールドでは通用しないため、異なる常識同士のぶつかりがグローバル化の一つの課題となっている。

人や組織を同質化させる3種類の圧力

──前回の記事:人は必ずしも合理的に意思決定するとは限らない(連載第55回)

■アイソモーフィズムを促す、3種類のプレッシャー

 ディマジオ=パウエルのASR論文のさらなる貢献は、同質化プロセスを3つに分類したことにある。この3種類の同質化プレッシャー(圧力)こそが、社会学ベースの制度理論の基本メカニズムだ。それは、強制的圧力(coercive pressure)、模倣的圧力(mimetic pressure)、規範的圧力(normative pressure)の3つである。

■(1)強制的圧力(coercive pressure)

 政策・法制度などがもたらす圧力である。企業の行動は、言うまでもなく政策や法律に大きく制約を受ける。結果、その制約の及ぶ範囲(フィールド)の企業は、似た行動を取りがちになる。 

 例えば、先に述べた現在の日本におけるダイバーシティ導入の流れは、強制的圧力による部分も少なくないのではないだろうか。女性活躍推進法案がその顕著な例だ。結果、「そもそも女性管理職比率を30%に上げることが、すべての企業に有益かどうか」は深く議論されないまま、「政府が推奨しているから」という理由で、どの企業もこぞって女性登用を増やそうとしている部分もあるかもしれない。「政府が言っているのだから、それが社会的な常識」ということだ(念のためだが、筆者はダイバーシティ施策に反対なのではない。制度理論の視点を通せば、なぜ多くの企業が急にダイバーシティを重視し出したのかを説明できる、と言うだけである)。

 近年政府機関が民間企業に対して推し進めている、コーポレートガバナンス・コードの導入やSDGsにも同じような側面があるかもしれない。

■(2)模倣的圧力(mimetic pressure)

「皆がやっているから」というのが、模倣的圧力である。模倣的圧力は、特に環境の不確実性が高い時に強くなる。不確実性が高いと何が正しいかが見通せないので、「まずは周囲の多くがやっていることを、自分も採用しよう」という心理メカニズムが働くからだ。

 模倣的圧力の事例は、枚挙にいとまがない。例えば、一時期のノー残業デーのブーム、各社が似たような製品を出し続けたガラパゴス携帯などだろうか。何より、日本メーカー全般の過剰な品質への取り組みは、国内市場での模倣的圧力による部分も大きいかもしれない。公共セクターも同様だ。加熱しているふるさと納税は、地方自治体間の模倣的圧力が働いているだろうし、「ゆるキャラ」「B級グルメ」に各自治体がこぞって取り組むのも、その典型例かもしれない。

■(3)規範的圧力(normative pressure)

 規範的圧力は、特定の職業分野・専門分野(professionalism)で生じる、「この職業はこうでなければならない」という圧力のことだ。特定の職業・職種には、先行事例がある。すると合理性を問わずに、それが「こうすべき」という規範的前例となり、それは一度常識として確立されるとなかなか変更されない。例えば以前は、野球部の練習でウサギ跳びが「足腰を鍛えるのに適している」という通念で、長い間多くの学校でトレーニングに用いられていた。先に述べたような「銀行員らしい服装」「スタートアップ企業らしい服装」なども、その業界の通念になっている規範的圧力といえるかもしれない。

■自フィールドの常識は、他フィールドの非常識である

 このように制度理論は、「広範なフィールドの目で見た時、企業・組織はなぜこうも似てくるのか」、すなわち「常識が形成されるメカニズム」を説明する経営学でも数少ない理論の一つである。結果、同理論は1980年代初頭に確立されて以来、ビジネスの様々な事象に応用され、実証研究が進められてきた。その多くは、制度理論の同質化メカニズムを支持する結果になっている。図表2は、代表的な実証研究の一部をまとめたものだ。例えば以下のような同質化事象が、研究されている。

■(1)人事施策

 ダイバーシティ同様、企業が採る人事施策は、アイソモーフィズムの対象として盛んに研究が行われてきた。例えば、一橋大学のクリスティーナ・アメージャンらが2001年に『アドミニストレイティブ・サイエンス・クォータリー』(ASQ)に発表した論文では、1990年代のバブル崩壊直後の日本企業の人員整理について研究を行っている(図表2の論文7)。

 バブル崩壊後の日本では、人員整理に取り組むことが大きな「常識」となった。1638社の1990年から1997年までのデータを使った統計解析で、アメージャンらは「大きくて知名度が高い企業ほど、バブル崩壊直後の人員整理の波には及び腰だった。しかしやがて周りで人員整理に取り組む企業が増えるにつれて、人員整理に取りかかるようになった」傾向を明らかにしている。 

 大企業や知名度が高い企業が大幅な人員整理をすれば、メディアでネガティブに報道されたり、批判を受けたりする可能性がある。したがって、人員整理が社会のレジティマシー(=常識)になっていない段階では、大企業ほどそれを行わない。しかし、やがて周りの企業の多くが取り組み出すと人員整理が常識になるので、大手企業ほどその段階になってようやくリストラを決行するということだ。

■(2)オペレーション手法

 TQMなどのオペレーション手法は、経営トップが無理に導入しても、その複雑さなどから現場で受け入れられにくい。現場でのレジティマシーが足りないのだ。シカゴ大学のマーク・ズバラキが1998年にASQに発表した研究では、ホテル、病院などの事例研究から、「一般に経営トップがTQMを導入しても、なかなかその企業の現場に受け入れられない。しかし、経営トップが一部の成功例だけを取り上げてしきりに周囲にアピールするので、TQMが正当化されて業界に普及していく」というプロセスを描き出している(論文6)。TQMに本当にどのくらい効果があるかはさておき、模倣的圧力や強制的圧力により業界でそれが常識化されてしまうのである。

■(3)組織制度

 企業の組織制度の導入も、制度理論で説明される。アリゾナ大学のニール・フリグスタインが1985年にASRに発表した論文では、米216社の1919年から1979年までの長期データを用いて、「同業他社で事業部制が普及するほど、自社も事業部制を取り入れる」傾向を明らかにしている(論文2)。模倣的圧力による同質化の典型だろう。

■(4)企業の社会的責任(CSR)

 企業のCSR導入も、経営学では制度理論で説明する事象の好例だ。経済合理性だけを考えればCSRは業績にプラスになるとは限らないから、企業によっては取り入れる必要はないかもしれない。しかしアイソモーフィズムを通じて、CSRはいまや日本の大企業でも常識となりつつある。「他社がやっているから」「社会的常識だから」という理由で、取り入れている企業も少なくないはずだ。

 このように社会学ベースの制度理論によれば、フィールド上の3つのプレッシャーは、社会フィールドで特定の行動を正当化し、企業は経済効率性ではなく、レジティマシー獲得のためにその行動を取り、同質化していく。結果、それが空気のような「常識」となっていくのだ。

 しかしその常識は、あくまでそのフィールド内でのみ通用する。一度フィールドの外に出れば、その常識は通じない。むしろ他フィールドは別方向での異なる「同質化」が進んでいるから、自フィールドとは異なるロジックが常識になっている。結果、異なる常識と常識同士がぶつかり、軋轢が起こるのである。制度理論から見れば、これがいま顕著に起きているのが、グローバル化の本質の一つと言えるだろう。