東京・阿佐ケ谷のたい焼き店が「値上げを恐れない」理由

AI要約

中小企業の成功事例を紹介。たい焼き店「ともえ庵」のオーナーが値上げを続けながらも人気を維持する秘密を明かす。

オーナーが研究者としての視点から店を開業し、希少価値のある一丁焼きや日本一うすい皮のたい焼きを提供。

値上げの際にお客様との信頼関係を大切にし、常に商品のクオリティやアイデアにこだわり続ける姿勢が成功につながる。

東京・阿佐ケ谷のたい焼き店が「値上げを恐れない」理由

 唯一無二のビジネスを作り上げている中小企業が全国各地に存在します。コンサルタントの櫻田弘文さんが、具体的な実践方法と成功のポイントを探ります。【毎日新聞経済プレミア】

 JR阿佐ヶ谷駅(東京都杉並区)の南口、200を超える店舗が軒を連ねるアーケード商店街で、いつもにぎわっているのが「たいやき ともえ庵」だ。

 一般的なたい焼きは東京だと180~200円が相場だが、ともえ庵は定番商品が250円、月替わり商品は450円と割高だ。しかもこの10年で幾度となく値上げを行っている。それでも売り切れてしまう日が多いという。

 原材料費や人件費の高騰に苦しみながら、それを価格転嫁できずにいる中小店は多い。インフレのこのご時世になってもだ。なぜ、ともえ庵にはそれができていたのか。オーナーの辻井啓作さん(55)に話を聞きにいった。

 ◇研究者の立場で開業

 「おそらく日本一、手間をかけているたい焼きだと思います」

 そう胸をはる辻井さんは、店を出す前は各地の商店街で活性化事業に関わっていた。調査会社も立ち上げ、今も商店街などの研究者として活動する。「魅力的な店が増えれば商店街は活性化する」が持論だ。

 しかし、魅力的な店はどうしたら作れるのか?

 口先だけでは説得力がない。これは自分でやってみるしかないと考え、2011年、ともえ庵をJR中野駅(東京都中野区)の南口にオープン。14年に今の場所に移転した。売り場面積は7.7坪(約25平方メートル)。スタッフは現在、正社員が3人、アルバイトが4~7人だ。辻井さんは店には立たず、新商品の開発などに力を入れる。

 たい焼きを選んだ理由はシンプルだ。

 「小資本ででき、自分が好きだったからです。とはいえ、まったくの素人だったので、まずは有名店に何度も足を運び、YouTubeなども見ながら研究しました」

 誰もが知っているたい焼きで、しかも小資本の店が支持されるには、他店との大きな違いを出す必要がある。

 辻井さんがまず着目したのは、たい焼きを何枚もまとめて焼き上げる「養殖もの」ではなく、「天然もの」と呼ばれる一丁焼きだった。辻井さんの調査によると、一丁焼きの店は全国でも140店ほどしかない。養殖ものが劣るということでは決してないが、希少価値は大事だ。

 皮とあんこにもこだわりがある。

 「あんこが多いたい焼きは多くの人に喜ばれますが、そのために頭からしっぽまで皮をうすくするのは簡単ではありません。また、日本人の和菓子の好みから言って、甘すぎないあんこは人気があるはずなのに、たい焼きとなるとあまり見かけませんでした」

 試行錯誤の末、出来上がった皮は「日本一うすい」と自称する。うすくパリッと焼き上げた皮に、甘すぎないあんこがぎっしり詰まったたい焼きは人気を呼び、多くのメディアが取り上げた。

 ◇値上げ前提で商売を始めた

 ともえ庵が興味深いのは、この人気を、値上げする中でも維持してきたことだ。

 開店当初、定番商品は150円だったが、180円、200円と値上げし、現在は250円で販売する。人気の「白玉たいやき」も250円から400円になった。「青実山椒(さんしょう)たいやき」などの月替わり商品は350円と当初から高かったが、いまは450円となっている。

 「原材料費や人件費が上がったから、という理由で値上げをしたケースもありますが、私たちの場合、それだけではありません。むしろ最初から価格を上げていく前提で商売を始めたというのが正確なところです」

 確かに、ともえ庵は値上げが許される背景があれば、すぐに値上げをしている。例えばたい焼き店は10円硬貨が必須の商売だ。銀行が小銭の両替を有料化したときもチャンスと思い、値上げをしたという。

 ◇売り手の「固定観念」

 しかし、多くの店は客離れを恐れ、値上げをちゅうちょするのが実際のところではないか。

 辻井さんは「売り手側に価格への固定観念がある」と指摘する。

 「たい焼きを庶民の手軽なおやつと決めつけてしまえば、値上げはできません。ですがケーキは記念日や“自分へのご褒美”で買われるようになり、いまでは1000円近い店もあります。たい焼きがそういう存在になっても構わないのです」

 そして、ともえ庵は値上げするだけでなく、常におもしろいことにも取り組んでいる。筆者が目を引かれたのがメニュー作りで、特にアジの開きをイメージさせる「たいやきの開き」や、ゴルゴンゾーラチーズ入りの「さんま焼き」といった変わり種が印象的だ。値上げをする分、商品にこだわりを持ち、お客さんを飽きさせない工夫も続けているわけだ。

 ◇値上げの「心構え」

 「値上げを申し訳ないと思わないでほしい。卑屈な態度をとるとお客さんにも伝わり、不当な値上げだと思われてしまう」

 辻井さんが値上げに際し、いつもスタッフに言っていることだ。

 「少しの値上げでお客さんの心は揺れません。揺れることがあるのは売り手の心です。自信を持って値上げをしましょう」

 ともえ庵が値上げできるのは「人気店だから」というのはあるかもしれない。だが、値上げを受け入れてもらえる店づくりや、値上げをするときの心構えは、他の中小店も参考にできるところがあるのではないだろうか。