植田日銀総裁の"ある判断"が影響を与えた…8月5日「過去最大の下落」を心配しなくていい経済学的な理由

AI要約

2024年8月5日、東京株式市場が大暴落に見舞われた。日経平均株価は過去最大の下落幅を記録し、世界の株式市場にも影響が及んだ。

きっかけは日本銀行の金融政策決定で0.25%の政策金利を設定したことだった。景気後退の可能性も懸念されたが、実際には回復傾向が続いていた。

株式市場や為替市場はストック市場であり、急激な変動が起こりやすい。投機や不完全な情報も市場の変動に影響している可能性がある。

 2024年8月5日、それまで上昇基調だった東京株式市場は大暴落に見舞われた。ドル円相場は1ドル=162円から141円台まで円高が進行し、日経平均株価は8月5日に4451円も値を下げた。1987年のブラックマンデーを超える過去最大の下落幅で、下落率でもそれに次いだ。ニューヨークなど世界の株式市場にも影響があり、ダウ平均株価は一時、1200ドルを超える急落を記録した。

 きっかけは、日本銀行が7月31日の金融政策決定会合で伝統的な金利政策に戻ると決定したことだ。しかも、政策金利を予想されていた0.1%などではなく、0.25%と高めに設定したことが要因の一つだろう。

 一般に景気後退は、企業の思惑がはずれ、一国や特定の産業で過剰生産が発生したときに起きやすい。しかし、コロナ禍での生産や取引の制約から回復している現在、景気沈滞は起こりにくいと私は考える。幸い、東京市場も、米欧の市場もリバウンドし、「8月5日」が日本発の世界株価不況とはならなかったようだ。

■株式相場はなぜ急激に変化したのか

 今回、株式市場と為替市場が短期間に急激に変化した。これらの市場は、現存する各株式や円、ドルなどの外貨建て資産の市場、つまり現存する資産全体に価格がつく「ストック市場」と呼ばれるものだ。自動車や食料品などのように、一定期間での需要と供給で価格が決まる「フロー市場」とは性質が異なる。たとえば、パンの価格や労働の価格である賃金のようなフロー市場の価格が緩やかな値動きをするのに対して、ストック市場の価格、つまり株価、為替レートは派手な動きをする。

 フローの価格は、主にその時期の需要と供給の状況だけを考えればよい。一方で、ストックの価格、つまり株式などを買う人にとっては、買った後の将来の価格が重要となる。そして、その資産の将来の価格は正確にはわからず、予想に頼ることになる。人々の予想は変わりやすくばらつきがあるため、一般にフローの価格よりストックの価格のほうが変動しやすいのである。

 企業活動を行うには多くのリスクがともなうため、そのリスクを分担する仕組みとして生まれたのが株式市場だ。それと同時に、株式市場は巧みな投機を通じて巨万の富を築こうとする人たちの、一種のギャンブルのゲームの場ともなっている。市場の参加者は、最適な投資戦略を見つけようと、過去の株価の動きを分析する「罫線分析」を行う。

 ところが、経済学者のポール・サミュエルソンは、天才的な直観も相まって、情報が完全に共有される社会では、そのような最適な投資戦略は存在しないことを示した。たとえば、株式Aを買うのが最適だと考えた投資家がいて、事実それで利益をあげられるはずだったとしよう。しかし、情報が完全に伝わる社会では、そのことがほかの投資家にも知れ渡ってしまう。その結果、その投資家たちが株式Aを買い、最適のはずの戦略が無力になってしまうのだ。

 このように伝統的な経済学では、経済主体(個人や企業)が情報を完全に理解し最善の行動をとると考えてきた。株式市場も合理的で、情報が即座に市場価格に反映される(効率的市場仮説)とみなされてきた。

 しかし、行動経済学の立場では、人間は常に合理的に行動できるわけではないという前提に立つ。人間の判断は不完全で、市場もまた完全に合理的ではなく、不完全な情報の中で、時に非合理的な行動によって動く場として捉えられるようになってきている。今回の暴落もそうした非合理な側面が影響しているだろう。