アベノミクスの最大の成果「雇用拡大」でも経済が成長しなかった残念な理由。「増えたのは給料が安い非正規雇用者だった!」

AI要約

著名金融実務家が元日銀理事を絶賛し、異次元緩和の問題点を指摘。

異次元緩和期間中に雇用は増加したが、実質GDP成長率の低迷と実質賃金の低下が問題視されている。

非正規雇用の増加が実質GDP成長率や実質賃金に悪影響を及ぼし、日本の経済状況の改善を阻んでいる。

アベノミクスの最大の成果「雇用拡大」でも経済が成長しなかった残念な理由。「増えたのは給料が安い非正規雇用者だった!」

「バリバリの金融実務家であった私が、わからないことがあれば一番頼りにし、最初に意見を求めたのが山本謙三・元日銀理事です。安倍元総理が、もし彼がブレインに選んでいたら、今の日本経済はバラ色だったに違いない」

元モルガン銀行東京支店長で伝説のトレーダーと呼ばれる藤巻健史氏が心酔するのが元日銀理事の山本謙三氏。同氏は、11年にわたって行われた超金融緩和「異次元緩和」はきわめて罪深く、その「出口」には途方もない困難と痛みが待ち受けていると警鐘を鳴らす。史上空前の経済実験と呼ばれる「異次元緩和」のツケを、私たちはどのような形で払うことになるのか?

(※本記事は山本謙三『異次元緩和の罪と罰』から抜粋・編集したものです。)

黒田総裁は、2023年4月の退任記者会見で「2%の物価安定の目標の持続的、安定的な実現までは至らなかった点は残念」としつつ、「物価が持続的に下落するという意味でのデフレではなくなった」こととともに、「400万人を超える雇用の増加がみられた」ことをあげて「政策運営は適切」であったと総括した。2020年8月に辞任記者会見を行った安倍首相も、やはり雇用の増加を在任中の成果にあげた。

2年の目標達成期限を先送りし続け、10年間目標を達成できなくても「政策運営は適切」だったと淡々と述べられると、目標や約束とは何だったのかと考えさせられてしまうが、それほど、2%の物価目標は日銀だけで負うには高いハードルだったということだろう。

とはいえ、黒田総裁や安倍首相が述べたように、異次元緩和の期間中に雇用が大幅に増えたのは事実だ。しかし、これも額面通りに受け取ることはできない。前述したとおり、異次元緩和の開始前10年と開始後10年を比べると、実質GDP成長率はほとんど変わっていない。実質GDPが力強く伸び、雇用と賃金の増加とともに一人ひとりの生活が豊かになったわけではなかった。

異次元緩和の10年で、雇用は増えても、実質GDP成長率が以前と大きく変わらなかったのはなぜなのか。

実質GDPとは、一定期間内に国内で生産された財とサービスの付加価値の合計額をいう。付加価値とは、会計上、売り上げから原材料費などを差し引いたものを指し、その過半は従業員への給与と企業の利益の原資となる。直感的には、家計と企業の稼ぎである。

実質GDP、就業者、労働生産性の関係を計算式で示せば、次のようになる。

・実質GDP=就業者数×労働生産性

・労働生産性=実質GDP÷就業者数

・実質GDP成長率≒就業者数の伸び率+労働生産性の伸び率

したがって、異次元緩和の前後で実質GDP成長率が以前とほとんど変わらないのは、就業者数の伸び率の高まりを労働生産性の伸び率の低下が相殺してしまったことを意味する。

実際、グラフを描いてみると、異次元緩和下での労働生産性は、すでに新型コロナの発生以前から伸び率の低下が目立つ。

これには技術進歩の取り込み不足などもあるだろうが、最も大きい理由は、就業者の非正規比率が高まった結果、一人当たりの労働時間が減ったことである。模式的にいえば、1日8時間働く正規雇用1人に代えて、1日4時間働く非正規雇用を2人雇えば、雇用は増えても生産量は変わらない。パートタイムを中心とする非正規雇用の比率が上がったので、雇用の伸びの割に生産量は増えなかったというわけだ。

非正規比率の高まりは、実質賃金の動向にも表れている。毎月勤労統計調査には、全労働者の賃金の内訳として、一般労働者とパートタイム労働者の賃金がある。2022~23年中の名目賃金(現金給与総額)は一般労働者もパートタイム労働者もともに比較的高い伸びを示した。ところが、これらを加重平均した全体の名目賃金の伸びは、ほとんどの月で、一般労働者、パートタイム労働者のそれぞれの伸び率を下回った。パートタイム労働者の賃金水準は一般労働者よりも低いため、パートタイム労働者の比率が上がると、全体の加重平均の伸びを低くしてしまう現象が起きる。賃金がなかなか上がらなかったのは、パートを中心とする非正規比率の上昇にあったというわけだ。

異次元緩和開始前10年の実質賃金の伸びは年平均(単純平均)でみてマイナス0.5%だったのに対し、開始後10年の実質賃金の伸び率は同マイナス0.7%だった。雇用こそ増えたものの、実質賃金の伸び率はむしろ低下している。これでは日本の家計がいっこうに楽にならないのも無理はない。2023年中の実質賃金は、物価の上昇もあってさらにマイナス幅を拡大した。非正規雇用を含めれば雇用が増加したのは事実だが、異次元緩和の成果として語るのは、やはり過大な評価だったといえるだろう。