もはや「右」も「左」もなくなった 英米仏の選挙で顕在化する“民衆の自分ファースト化”

AI要約

米大統領選やイギリス、フランスの解散・総選挙で政権交代・崩壊が相次ぎ、イデオロギーによる葛藤の時代は終わったと大前研一氏が指摘。

イギリスの保守党政権がブレグジットによる問題を解決できずに惨敗し、労働党が14年ぶりに政権を奪取。

フランスでもマクロン大統領率いる中道政党が大敗し、左派連合が勢力を拡大する中、政権構築が難航している。

もはや「右」も「左」もなくなった 英米仏の選挙で顕在化する“民衆の自分ファースト化”

 米大統領選を今秋に控える中、それに先んじてイギリスとフランスでは解散・総選挙が行われ、政権交代・政権崩壊が相次いだ。こうした各国の選挙を見て、経営コンサルタントの大前研一氏は「イデオロギーで葛藤する時代は完全に終わった」と語る。これまでの選挙とどう変化しているのか、大前氏が解説する。

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 アメリカ大統領選が、風雲急を告げている。周知の通り、民主党のジョー・バイデン大統領が撤退を表明してカマラ・ハリス副大統領が後任候補になり、世論調査で共和党候補のドナルド・トランプ前大統領と支持率が拮抗しているのだ。

 国の趨勢が選挙で反転・リセットされる事態に直面しているのはアメリカだけではない。世界的な選挙イヤーである今年は、各国で大番狂わせが起きている。7月にはヨーロッパで政権交代や政権崩壊が相次いだ。

 まずイギリスでは、保守党のリシ・スナク首相が下院の解散・総選挙に打って出て惨敗し、14年ぶりの政権交代が起きて労働党のキア・スターマー党首が新首相に就任した。

 保守党政権が崩壊したのは「身から出た錆」である。すべての問題の根源は2020年末にボリス・ジョンソン首相が実行したブレグジット(EU離脱)だ。

 その結果、イギリスにはEU諸国から安い農林水産物などが入ってこなくなり、物価が急激に上昇した。さらに、外国人労働者も入国が難しくなり、様々な業界で大幅な人手不足に陥った。

 とりわけ国民が物価高とともに不満を募らせているのは医療システムの破綻だ。イギリスには医療費が無料になる国民保健サービス(NHS)があるものの、医師と看護師の不足によって診療の待ち時間が6時間、手術の予約は半年以上も先、などと報じられている。

 物価高と医療システムの破綻が国民の生活を直撃しているのに、スナク首相は無策で、この問題を解決できなかった。だから保守党は惨敗したのである。

 スターマー新首相は就任後初の演説で自身を「安定と穏健主義を主張する政治家」と評した。14年の野党暮らしを経験した労働党は頑迷固陋な左派の“組合党”ではなく、現実的で柔軟な政党になったわけで、スターマー新首相がイギリスが抱える問題の原因を分析してブレグジットの見直しまで踏み込む方針に転じれば、さらに国民の支持を得ることができるだろう。

 次はフランス。6月のEU議会選挙でエマニュエル・マクロン大統領が率いる中道の与党連合は、右翼政党「国民連合(RN)」にダブルスコアで歴史的大敗を喫した。そこでマクロン大統領は下院の解散・総選挙に踏み切るという乾坤一擲の賭けに出た。

 しかし、第1回投票で惨敗し、第2回投票では、急進左派「不服従のフランス(LFI)」や社会党などで構成する左派連合「新人民戦線」と多くの選挙区で候補を一本化した。結果、左派連合が最大勢力となったが、LFIはマクロン大統領が進める年金受給年齢引き上げの撤回を求めるなど両者は全く相容れない関係だ。結局、どのグループも過半数に達しなかったため、新首相の選出や組閣の連立交渉が難航している。

 しかし、もはやフランスも右翼と左翼が対立するという単純な構図ではない。その象徴はRNのジョルダン・バルデラ党首である。

 演説はうまいが、内容に全く主義主張がない鵺のような政治家で、極右のネガティブなイメージとかけ離れている。生成AI(人工知能)に「いま選挙に勝てる政治リーダーは?」と質問したら答えはこうなる、と思うような人物だ。