今、「円キャリーバブル崩壊」で超円高になるのか?注目したいかつての事例との比較、もう「貿易黒字大国」ではない

AI要約

日銀の利上げを契機として金融市場が大荒れし、円キャリー取引による円安バブル崩壊を指摘する声があるが、その根拠に疑問がある。

円キャリー取引が円安の一因であったとしても、そのみに過度に重要視することは慎重であり、他の要因も考慮すべき。

為替市場の混乱は単純な要因で説明できるものではなく、円安局面に影響を与える要因は複合的である。

今、「円キャリーバブル崩壊」で超円高になるのか?注目したいかつての事例との比較、もう「貿易黒字大国」ではない

 日銀のわずか+15ベーシスポイント(bp)の利上げを契機として本邦金融市場は歴史に残る大荒れの様相を呈した。議論すべきことは沢山あるが、今回の本欄では為替市場に対する所感を示しておきたい。

 金融市場では、今回の大混乱について「円キャリー取引を背景とする円安バブルが崩壊した」という解説が支配的になっているようだ。しかし、これについて筆者は小さくない違和感を覚えている。

 「円キャリー取引を背景とする円安バブル」というのは具体的には「低金利の円を起点として世界の資産価格が支えられていた」という趣旨だが、今回の大混乱があってから急に目にするようになった説でもある。確かに、日本株については「円安ゆえに押し上げられている」という争点はかなり指摘されてきた部分であり、特に4月以降の円安・株高は日米金利差から大きく乖離した局面であったため、かなり危うさを感じるものではあった。その乖離を埋めるように円高が進み、日本株も調整を強いられているという説は相応に納得感がある(図表(1))。

 だが、米国を筆頭として欧米株価の行方も円金利、具体的には日銀の政策運営に委ねられていたという解説は少なくとも筆者は寡聞にして知らない。これはただの後講釈で、米7月雇用統計の強烈な悪化を受けて米国株が調整を強いられているという方が腑に落ちる話である。

 円キャリー取引を起点とするフローは一因であったとしても、主因なのかどうかは確証がない。今回、8月2日や5日に株式市場が崩壊してから「600兆円の円キャリー取引が円安と世界の株高を引き起こしていた」という解説が突発的に増えた。これが半分調整されたとか、まだ3割しか調整していないとか色々な解説がここにきて飛び出している。

 しかし、それほど巨大な数字(600兆円)を年初来の円安局面にまつわる解説で見たことがあるだろうか。少なくとも筆者はない。

 それほど単純な理由で円安が起きていたのならば、なぜ誰も指摘しなかったのか。なぜ、国際収支構造の変容や新NISAにまつわる「家計の円売り」がこれほど為替市場の注目されてきたのか。ひとえに、それ以外に持ち出せる説がさほど多くなかったからではないのか。

 もちろん、円キャリー取引(≒日米金利差)は円安の一因であったに違いない。しかし、今回の日銀利上げを極度に嫌気する機運の中、必要以上にその威力が強調されている恐れはある。

 常々指摘しているように、金利差にまつわる取引は方向感に影響を与えるため、円キャリー取引の拡大と縮小は相場変動に当然影響がある。しかし、現時点でその説に過度に傾斜することも慎重でありたい。