ニワカが背伸びをしてもファンにはバレバレ! ただ飾ればいいってワケじゃないデコトラの流儀とは

AI要約

デコトラ文化に関するニワカマニアの問題と、真のマニアの姿が明らかにされる。

デコトラの個性が重要であり、時代やスタイルを無視することは許されない。

デコトラを極めるには知識と経験が必要で、気負わずに趣味を楽しむことが大切。

ニワカが背伸びをしてもファンにはバレバレ! ただ飾ればいいってワケじゃないデコトラの流儀とは

 日本独自の文化として知られるデコトラ。もう半世紀以上も続いているとても歴史のある文化である。そんなことも影響しているのか、近年では“マニアぶる人”が増えたような気がしてならない。SNSなどでも知識のなさを無意識のうちに露呈しながら、マニアを気取っているニワカな人たちが見受けられるのだ。

 一般的には派手なデコレーションを施したトラックのことをデコトラと呼ぶ傾向にあるが、じつのところはそうでもない。昭和や平成初期の頃であればいざ知らず、近年ではシンプルなスタイルもマニアに人気となっている。そのような部分を知らない自称マニアも多く、ひどいケースでは他人が製作した過去のデコトラを自分の愛車だったように騙るなど、キャリアが長いように見せたがる人もいる。

 しかし、デコトラの世界はそんなに甘いものではない。ビギナーは騙せるかもしれないが、本物のマニアには完全に見透かされてしまっているのが実情である。

 日本全国にたくさん存在するディープなデコトラマニアたちは、文字どおりとにかく造詣が深い。彼らは流行に左右されることなく、つねに本物志向で生きているのだ。そんな彼らは、他人が築き上げたデコトラのどの部分を見ているのだろうか。そして、どのように飾ることが本物志向となるのだろうか。

 乗り手の個性がはっきりと出るデコトラのもっとも大きなポイントは、ベース車や目指すスタイル、そして時代にあった飾り方をしているかどうかにつきる。旧車に最先端の飾りをつけたとしても違和感が生じるし、○○仕様だと言いながら路線が異なる飾り方をしてしまったり、現行車種に昭和の飾り方を無闇に施したとしても、無理が生じるのは当然である。

 たとえば、昭和期のあるデコトラを再現したとしよう。そのクルマに平成後期の飾り方を組み合わせてしまうと、説得力はゼロになってしまうのだ。それは、ビンテージもののスニーカーや古着と、現在流行しているキャップを組み合わせてしまうようなもの。昭和生まれの旧車に最近になって生み出された流行の飾りを取り付けたとしても、似合う(評価される)わけがないのだ。

 むしろ最新の飾りを取り付けたいのであれば、わざわざ旧車をベースにする必要はないだろう。ただし、そこになにかしらのこだわりが体現されていれば見る側にも意向が伝わる。つまり、知識やセンスがあれば、そのようなムリ目な部分も違和感を残さずにクリアできる。

 デコトラとは本来、一台一台の個性が尊重されたもの。それゆえに飾り方は自由なわけだが、時代や飾りのスタイルを超えてしまうのはいただけない。結局は自己満足の世界であるため、好きなように飾ればいいのだが、デコトラをより極めたいのであれば歴史や知識を養い、流行に左右されないことが重要だ。

 大きなパーツで派手に飾る場合でも、トータルバランスが取れていればマニアに賞賛される。だが中古パーツで飾られたデコトラは、どうやっても賛辞を浴びることはない。手っ取り早く派手にしたいのであれば、中古パーツで飾ることが望ましい。しかし、それではデコトラマニアには評価されない。

 デコトラを製作する際には、まず何を目指すかを明確にしなければならない。旧車を飾るならば当時のデコトラ界を学び、各地域の飾り方を再現するならその極意を学ぶ。本物志向だと思われたいのであれば、いやデコトラ界を極めたいと思うのであれば、まずはそこから始めることをお勧めする。

 そんなディープなデコトラの世界だが、当然のごとくビギナーもたくさん存在する。ビギナーだからといって塞ぎ込んだり、恥じる必要など微塵もないのだ。ただ無理して背伸びをしてしまうとマニアには即座にバレてしまうため、注意が必要なだけ。

 どんな趣味の世界でもそうだが、知ったかぶりほど見苦しいものはない。それゆえ無理してマニアぶる必要はない。流行に左右されずに知識と経験を重ねてゆくごとに、きっといつのころからかマニアの仲間入りを果たしていることだろう。

 そんなことを頭の片隅に置きながら、所詮は趣味・趣向の世界なのだから、気負いせずに伸び伸びとデコトラライフを満喫してほしい。