イスラエル戦時内閣が完全に内部分裂している理由は「軍人の論理」と「政治家の論理」の衝突にある

AI要約

イスラエルの戦時内閣がガザ侵攻を巡り内部分裂している背景には、ネタニヤフ首相と他の内閣メンバーの対立がある。ネタニヤフは軍事侵攻に固執する姿勢を見せている一方、他のメンバーは統治計画の必要性を提案している。

内部分裂の具体的な理由は、戦後の統治計画やハマス打倒後の方針についての不一致が主な要因となっている。ガラント国防相とガンツ前国防相は、軍事力だけでは平和を実現できないとして、ガザ地区に国際的な文民統治機構を導入する必要性を主張している。

軍事力の限界を踏まえた「軍人の論理」から、平和の実現には軍事力だけでは足りないことが理解されている。ガラントやガンツは、イスラエルにとって持続可能な解決策を模索しており、軍事的なアプローチだけでは問題の解決には至らないと考えている。

イスラエル戦時内閣が完全に内部分裂している理由は「軍人の論理」と「政治家の論理」の衝突にある

イスラエルの戦時内閣が、ガザ侵攻をめぐってこれほどひどく内部分裂している理由は何なのか。元朝日新聞政治部長の薬師寺克行氏が解説する。

3人で構成されるイスラエル戦時内閣のメンバー2人が相次いで、「ハマス掃討後のガザ地区の統治計画を作るべきだ」と述べて、軍事侵攻のみに終始するベンヤミン・ネタニヤフ首相の対応を批判した。

ネタニヤフは「ハマスの敗北までは戦後についての議論は無意味だ」などと反論し、方針を変えるつもりはないようだ。

2023年10月7日のハマスによる攻撃以来、国家の危機を乗り切るべく挙国一致を掲げてガザ侵攻を続けるネタニヤフ政権だが、いまや完全に内部分裂している。

ネタニヤフを公然と批判したのは、首相と同じ与党「リクード」に所属するヨアブ・ガラント国防相と、野党第一党の「国民統一党」党首で首相の政敵でもあるベニー・ガンツ前国防相だ。

ガラントは5月15日のテレビ演説で、イスラエル軍によるガザ支配を否定し、ハマスに属さないパレスチナ組織と国際組織による統治がイスラエルの利益にもなると主張した。

そのうえで、「ガザ地区にイスラエルの軍事政権を樹立しないこと、市民を支配しないと宣言すること」を求めた。

ガンツは5月18日の記者会見で、「イスラエル兵士を戦場に送り込んだ一部の人々は臆病で、責任感が欠如している」と首相を批判した。

ガンツはさらに、「ハマス打倒後に米国、ヨーロッパ、アラブ諸国、パレスチナを含むガザのための国際的な文民統治機構を導入すべき」など6項目の要求を提示し、6月8日までに明確な行動計画が発動されなければ戦時内閣から離脱すると表明した。

両者に共通しているのは、平和が軍事力だけでは実現しないと考えていることだ。イスラエル軍はハマスを弱体化することはできても、せん滅はできない。それどころか多くのガザ市民の犠牲者を出すことで、イスラエルに対する憎悪が広がり、新たなハマス志願者が生まれる。当然の帰結としてガザの安定も、イスラエルの安全も実現できない。

これが、軍事力の限界を踏まえた「軍人の論理」だ。ガラントもガンツも元軍人で、幹部将校として数多くの戦争を指揮してきた。年齢も近く、イスラエル軍の参謀総長ポストを争った仲でもある。

ガラントは、イスラエル軍撤退直後のガザを担当することになる南部軍の司令官を務めた経歴を持ち、ハマスとの激しい戦闘も経験している。国防大臣としてはガザの全面包囲と侵攻を指揮した、タカ派で知られる人物だ。

ガンツは北部軍の司令官、参謀総長などを務め、幾多の戦争で指揮をとってきた人物だ。政治家としては長年、ネタニヤフと対立してきた。現在、国民のあいだでネタニヤフ以上の支持を得ており、次期首相の最有力候補だ。

このふたりとまったく同じことを主張・実践した軍人が米国にいる。イラク戦争時、反米勢力のゲリラ的攻撃などで治安情勢が極端に悪化していたイラクに2007年、多国籍軍司令官として派遣されたデビッド・ペトレイアスだ。

ペトレイアスは、それまでの米軍の発想を大きく転換した。治安を改善するにはゲリラを掃討するだけでなく、住民を安心させ、支持を得る必要があると考えたのだ。

民生復興支援を軍の活動の中心におき、現地警察の再建、選挙の実施、経済環境の改善などにも力を入れた。その結果、ゲリラ事件は大幅に減り、イラク人や米兵の死者数も激減し治安が改善された。