英経済紙が指摘「スタートアップを景気回復の“万能薬”と考える日本経済の落とし穴」

AI要約

安倍晋三政権下で始まった支援策が実を結び、日本でもスタートアップで働く人や起業を志す人が増えた。だが、スタートアップの成長に必要な「失敗を受け入れる土壌」が社会で醸成されないまま支援策だけを続けても、日本経済は活性化しないと、米経済紙「フィナンシャル・タイムズ」は指摘する。

野村ホールディングス(HD)が、大胆なマーケティングに乗り出した。日本で最も野心的な転職プラットフォームであるビズリーチのテレビCMに、同社の奥田健太郎社長が出演したのだ。

CMのなかで奥田は、「共にワクワク挑戦しましょう」と呼びかける。だが、ワクワク挑戦するためにひそかにビズリーチに履歴書を送付している自社の社員がどれほどいるかは、彼は知りたくないだろう。そうした社員たちが目指すのは、おそらくスタートアップだ。

英経済紙が指摘「スタートアップを景気回復の“万能薬”と考える日本経済の落とし穴」

安倍晋三政権下で始まった支援策が実を結び、日本でもスタートアップで働く人や起業を志す人が増えた。だが、スタートアップの成長に必要な「失敗を受け入れる土壌」が社会で醸成されないまま支援策だけを続けても、日本経済は活性化しないと、米経済紙「フィナンシャル・タイムズ」は指摘する。

野村ホールディングス(HD)が、大胆なマーケティングに乗り出した。日本で最も野心的な転職プラットフォームであるビズリーチのテレビCMに、同社の奥田健太郎社長が出演したのだ。

CMのなかで奥田は、「共にワクワク挑戦しましょう」と呼びかける。だが、ワクワク挑戦するためにひそかにビズリーチに履歴書を送付している自社の社員がどれほどいるかは、彼は知りたくないだろう。そうした社員たちが目指すのは、おそらくスタートアップだ。

CMには他にも日本の大手企業5社(アサヒ、JFEスチール、ロッテ、NEC、第一生命)の経営トップが登場する。深刻な人手不足のなか、人材獲得競争が熾烈を極める中途採用市場で、自身を「包容力のある雇用者」だと印象付けようとしているのだろう。

こうした広告が流れるのは、長らく止まっていた日本企業の「新陳代謝」が復活したことの現れだ。かつて非効率的なほど人材を溜め込んでいた日系大手はいま、人材がよそへ流出するのを目の当たりにしている。

ある広告企業の幹部は、日本では転職サービスのテレビCM本数が過去最高に達したと語る。帝国データバンクによれば、日本の労働人口が減少しているにもかかわらず、2023年には過去最多の約15万3000社が新設されており、スタートアップでの雇用が増えているのだ。

日本人の意識も急速に変化しつつある。大手企業を辞めてスタートアップに転職したり起業したりすることは、リスクの高い賭けではなく、自分の利益になる行為であり、決断力があるとみなされるようになった。

誤った資源の配分やリスクを回避しがちな傾向、数十年にわたる景気低迷を経て、ようやく日本の労働市場の流動性は増したようだ。ベンチャーキャピタル(VC)ファンドの幹部は、スタートアップがこの国の優秀な人材を採用したいと熱望するようになった現状を、きわめて重要な変化だと指摘する。

日本政府にとっても追い風が吹いている。政府はこれまで、かつては振るわなかった国内スタートアップ業界の変革に、多大な資金を投じてきた。同業界の活性化が、自国をイノベーションの停滞から脱却させ、GDPの成長と生産性を促し、才能ある人材を正しい方向へと導くことができると信じているのだ。

いまやスタートアップは「万能薬」のように考えられ、日本の産業政策の中核を担っていると言える。こうした考えは間違いではないが、遅きに失した、もしくは自暴自棄な印象も受ける。

日本のスタートアップ支援の規模の大きさには、目を見張るものがある。多くの補助金に加え、JETRO(日本貿易振興機構)のような半官半民の組織も、スタートアップ向けアクセラレーションプログラムなどの支援サービスを提供する。政府系ファンドのJIC(産業革新投資機構)も、32の民間VCファンドに10億ドル(約1349億円)を出資している。

さらに6月には、有形資産に乏しいスタートアップなどへの融資を促進することを目的とした事業性融資推進法が成立した。これを受け、起業精神をくじくような厳格な融資条件を掲げてきた日本の三大メガバンクも、スタートアップ向け融資枠を新設した。

多くの指標が、こうした取り組みはうまくいっていることを示している。

経済産業省が9月に公表した資料によると、日本のスタートアップ企業への投資総額は2013年の907億円から、2022年には9660億円を超えるまでに増加した。大学発スタートアップも2014~2023年の間に2倍以上の4288社に増えた。経産省の調査によると、大学生の約半数がスタートアップでキャリアを始めることを望んでいるという。

日本政府のスタートアップ支援は成果をあげているが、その先に立ちはだかる問題がある。今後、スタートアップ市場に民間を大口投資家として呼び込みたいのなら、資本主義的な新陳代謝がどのようなものであるかを、日本は改めて考え直す必要がある。