日本初の「女性首相」は生まれる?...「高く硬いガラスの天井」を破るための「条件」とは

AI要約

自民党総裁選が女性候補3人を含む様々な動きを見せる中、女性政治家の台頭が注目されている。

アメリカや他国で女性首相が誕生している中、日本でも女性首相誕生の可能性が模索されているが、現状は厳しい状況にある。

女性政治家が政治キャリアを築く上で直面する困難や「ガラスの天井」についても論じられている。

日本初の「女性首相」は生まれる?...「高く硬いガラスの天井」を破るための「条件」とは

岸田文雄首相の電撃的不出馬表明を受け、自民党総裁選がスタートを切った。パーティー券裏金問題による派閥解消の動きを背景に候補者が乱立するなか、高市早苗経済安保相、上川陽子外相、野田聖子元総務相という3人の女性政治家が候補として取り沙汰されている。

高市氏は総務相や自民党政調会長を歴任し、米中新冷戦下での経済安全保障政策を牽引して保守層の支持を得ている。法相や外相を歴任した上川氏はコンサル出身で手堅い実務能力を誇り、WPS(女性・平和・安全保障)など新分野における政策理解も深い。野田氏は選択的夫婦別姓制度や女性の政治参画政策などに奔走してきたパイオニア的存在だ。

それぞれ特色と実績のある政治家だが、実際には推薦人20人確保の壁は高い。全員が出馬できるとは限らないが、高市氏と野田氏が立候補した前回の総裁選(2021年)に続き、多くの女性候補が総裁選の下馬評に挙がるのは、かつての自民党では考えられなかった傾向と言える。

アメリカでは大統領選から撤退したジョー・バイデン大統領が、ジャマイカ出身とインド出身の移民を両親に持つ女性副大統領カマラ・ハリスを後継に指名。

8月19日に開かれた民主党全国大会でヒラリー・クリントン元国務長官は「私たちは力を合わせて、あの最も高く硬いガラスの天井に、たくさんのヒビを入れてきた。そして今夜、ついにその天井を突き破る日が近づいてきた。ヒビの向こうに見えるのは自由だ」と演説した。

「ガラスの天井(glass ceiling)」とは、企業内の昇進昇給において男性と同等の実力を持つにもかかわらず、女性が女性というだけで困難に直面すること、すなわち「目に見えない障壁」があることの比喩をいうが、政治の世界で語られる場合、女性が高位公職に就く困難性を指す。

その中で「最も高く硬いガラスの天井」とは、ジェンダー(社会的性差)平等が社会の中で「主流化」しているアメリカでさえ、いまだに女性大統領が誕生していない現状を痛烈に批判する表現だ。

民主党全国大会でハリスはその最難度の「ガラスの天井」を打ち破る強い意志を示し、アメリカ史上初の女性大統領になろうとする勢いを見せつけた。

では、日本ではどうか。日本政治に特有の「ガラスの天井」はあるのか。日本の「最も高く硬いガラスの天井」を打ち破る女性首相が誕生する日は来るのか。

こうした問題を議論する際に参照されるのが、女性国会議員が占める比率に関する列国議会同盟(IPU)の調査である(対象は下院)。

日本の女性議員(衆議院)の比率は10.8%で、183カ国中160位に甘んじている。世界経済フォーラムが公表する「ジェンダー・ギャップ指数2024(政治分野)」でも、日本は146カ国中113位にとどまっている。

21年に「政治分野における男女共同参画推進法」が施行され、各政党の女性候補者擁立が進むなどの改善が見られるとはいえ、日本における女性の政治参画の実態はお寒い状況と言うしかない。

しかし、だからと言って、女性国会議員の数を増やせば女性首相が誕生するとは限らない(女性首相が誕生すれば政治におけるジェンダーギャップが解消するわけでもないが)。

例えばスペインは現在、下院350人中、女性議員は155人(44.3%、18位)に達するが、女性首相はこれまで生まれていない。これに対して韓国は国会議員300人中、女性議員は60人(20%、114位)にすぎないが、13年に朴槿恵(パク・クネ)大統領を生んでいる。

議院内閣制を採用する日本では、首相は「国会議員であること」だけが憲法上の要件だ。しかし、解散が衆議院にのみ認められることから、首相は衆議院議員でなければならないという政治慣行(不文律)がある。

つまり首相になるには与党の衆議院議員であることが実際には必要であり、1996年の小選挙区比例代表並立制導入以降は、比例復活ではなく小選挙区で当選を果たすことも実質的要件に加わった。

その小選挙区で当選し続けることは並大抵のことではない。地元選挙区での地盤培養活動として冠婚葬祭、盆踊り、運動会などの行事に顔を出し、住居の斡旋、就職の世話、紛争解決などの細々とした陳情処理をこなし続けるのは普通の光景だ。

女性議員はそれに加えて、「婦人部・婦人後援会」との間合い・関係性、男性が多い地方政治家(県議や市議)との付き合い、支持を餌とした男性支援者によるセクハラやパワハラ(票ハラ)といった問題にも直面する。

固定的なジェンダー役割分担を前提とするような保守的風土の選挙区では、ストレスはより顕著になる。

いざ当選しても永田町には体育会系男社会の政治文化が色濃く残り、女性議員は「女性」議員として振る舞うことが暗に、あるいは当然のごとく要求される。ブレーンとなるような霞が関官僚に女性幹部は少ない。

女性政治家を取り巻く環境は過酷であり、「ガラスの天井」は日本の女性政治家が政治キャリアを積み重ねていく困難性そのものの中にある。

その上で、自民党総裁選に出馬するには推薦人20人の確保が要求される。自力で推薦人を集めるにせよ、重鎮(キングメーカー)の手札を演じるにせよ、政治的人間関係を構築し維持していくには途方もないエネルギーが必要となる。

それ相応の資金力が必要となることもある。女性であることは有利にも不利にも働くが、前例のない女性首相が誕生するには、「最も高く硬いガラスの天井」を突き破るような格別の「強い意志の力」と、客観的な時流にかなった「モメンタム(勢い)」を自らに引き寄せることが必要となる。

マーガレット・サッチャーが79年に英国史上初の女性首相に就任した当時、英国議会(下院)における女性議員は635人中19人(3%)にすぎなかった。

しかし野党保守党の党首だったサッチャーは労働党政権を倒す「強い意志の力」で総選挙に臨み、高インフレにあえぐ国民が政権交代を求める「モメンタム」を取り込むことに成功し選挙に圧勝、首相の座をつかんでいる。

女性首相の代名詞とも言えるサッチャー以外に、首相あるいは大統領に就任した女性はスリランカのシリマボ・バンダラナイケ首相(60年)から、イタリアのジョルジャ・メローニ首相(22年)、タイのペートンタン・シナワット首相(24年)に至るまで、その数は100人近くに達している。

その内実はさまざまだ。

例えばインディラ・ガンジーは、父親であるインド初代首相ジャワハルラル・ネールの病死後、その政治的威信を受け継いで66年に首相に就任。強権政治の批判を浴びながらも国民会議派を率いて通算16年近く首相を務めた。

彼女の暗殺後に政権を引き継いだのは息子ラジブ・ガンジーであり、親子3代にわたる「ネール・ガンジー王朝」と呼ばれた名望家支配を築き上げる政治的パワーを持っていた。