フランスの左派は、自分たちが望む経済システムを語るべきときがきた

AI要約

左派連合がフランスの選挙で勝利したものの、政治状況は対立と不確実性に満ちている。

新人民戦線の政策綱領は未来への投資を重視しており、増税や民間資金に頼る必要性を示唆している。

過去の政権での政策失敗や不透明さから、新しい左派政権は市民社会と協力して透明で実効的な政策を実行する必要がある。

フランスの左派は、自分たちが望む経済システムを語るべきときがきた

この記事は、世界的なベストセラーとなった『21世紀の資本』の著者で、フランスの経済学者であるトマ・ピケティによる連載「新しい“眼”で世界を見よう」の最新回です。

7月に実施されたフランスの議会下院の選挙では、左派連合の「新人民戦線」が相対多数を得る結果となった。しかし、フランスの政治状況を見たとき、目に入るのは対立と不確実性だ。

はっきりと言おう。左派は得票数と議席数を伸ばしたものの、それで得られたものはあまり大きくない。左派連合は、政策綱領に関しても政党の連合の仕組みに関しても、改善の余地がまだまだあった。

連合した左派の政党が、いたらなかった部分にしっかり向き合って取り組んでいけば、今後、予想される混乱の少数与党時代を乗り越え、いつの日か選挙で絶対多数を得て、フランスの政権を長期間、担当できるようになるのだろう。

新人民戦線が議会解散の数日後に掲げた政策綱領は、ほかの政党と比べれば、きわめて優れた部分もあった。それは未来への投資、すなわち医療、教育、研究、交通インフラ、エネルギー・インフラへの投資の財源のありかを示したことだ。これらの投資は必要不可欠であり、その投資額がこれからどんどん増えていくわけだが、その財源は2つしかない。

一つは、富の社会化が進む新時代がこれから到来することを見込み、新人民戦線が提言したように、最も恵まれている人々への増税を実施することだ。もう一つは、イデオロギー上の理由から、いかなる増税も拒否するというものだ。

そうなると、民間の資金に頼らざるをえなくなり、これはそうしたサービスやインフラを利用できる人と利用できない人のあいだに不平等を作り出すことにほかならない。また、民間の資金に頼るやり方では、全体的に見ると効率性がいいとはとてもいえない。米国の医療費は、民間が負担する費用が莫大であり、GDPの20%に迫っているが、その成果を示す指標は惨憺なものだ。

ただ、新人民戦線が示した金額にひるんだ人もいた可能性はある。今後3年で約1000億ユーロ(約17兆円)を新たに徴収して、支出するとしたからだ。1000億ユーロといえば、GDPの4%だ。これも長期の視点でみれば、少しも過剰ではない。

西欧や北欧の税収をみると、1914年以前は国民所得の10%以下だったが、1980~90年代以降は、40~50%になっているのだ。どの時代も保守派は、増税に関していろいろな批判を繰り返してきた。だが、教育、医療、公共サービス、社会保障などに投資する社会国家を作り上げることができたからこそ、いまだかつてない生産性と生活水準の向上が実現したのだ。

左派政権が誕生したとき、どのようなスケジュールと優先順位で政策が実行されていくのかについては不確定要素が多い。たしかにフランス国民は全体としては、公正な社会を求めているのだろう。だが、国家が新しい財源を確保しようとするプロセスには、つねに頓挫してしまうリスクがつきまとう。増税に対する市民の支持がいつ失われてもおかしくないからだ。

具体的にいうと、ビリオネアと多国籍企業が、ようやくしかるべき額を納税するようになったと誰もが納得しない限り、そのほかの増税はありえないということだ。新人民戦線の政策綱領は、この重要な点に関して、あまりにも曖昧なのだ。

これがとくに問題に感じられるのは、ここ数十年の左派政権をみていると、政策綱領が充分に明確でなかったり、自覚が不充分だったりしていたせいで、政権を手にしても、すぐにロビー活動を受けて、政策が骨抜きにされてしまってきた経緯があるからだ。

たとえば、フランスで富裕税が導入されたときも、「職業資産」なる資産が税の対象から除外されており、ほぼすべての大資産家の資産が富裕税から除外されてしまったのだ。その結果、本来なら富裕税で徴収できたはずの金額と比べて、バカバカしいほど少ない額しか税収を得られなかった。

この間違いを繰り返さないためには、市民社会と労働組合を巻き込んで、税収を守り、それがしかるべき社会政策に投じられるように見張らなければならない。どんな課題でもそうだが、スローガンを掲げるだけではダメなのだ。重要な部分でしっかりした仕事をしたうえで、大勢の人を巻き込んでいく必要がある。