多数のロシア兵が戦わずして降伏...「プーチン神話」になぜ亀裂が入ったのか?

AI要約

ウクライナ軍がロシアの領土に越境攻撃し、大きな成功を収めた。この奇襲はロシアの指揮系統を混乱させ、プーチンのナラティブに揺さぶりをかけた。

戦局の風向きが一瞬にして変わり、ウクライナの士気は高まり、ロシアの不安が募る中、西側諸国も注目している。

西側は今こそウクライナへの支援を強化すべきであり、ロシアに「この狂った戦争には勝てっこない」と気付かせるべきだ。

多数のロシア兵が戦わずして降伏...「プーチン神話」になぜ亀裂が入ったのか?

ロシア西部クルスク州におけるウクライナ軍の進撃は2週目に入った。ウクライナ軍はいずれ制圧した地域から立ち去るだろう。そもそもウクライナは「領土の一体性」を守るために戦っているのであり、武力で国境線を書き換えようとしたロシアに国際社会は厳しい非難を浴びせているのだから。

だが重要な点はそこではない。越境攻撃の軍事的な評価は専門家に任せるとして、これだけは言える。この作戦はロシアの国境防衛の弱点をあぶり出し、ロシアの指揮系統を混乱させた。そして敵の意表を突くウクライナ軍の機動力の高さを見せつけもした。

とはいえ戦争は軍事であると同時に政治の延長でもある。ウクライナの奇襲が戦いの行方を根本的に変えるのは政治の土俵においてだ。

昨年のウクライナの反転攻勢は鳴り物入りで騒がれたものの、期待外れに終わった。その後ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナと世界に信じ込ませようとした。ロシア軍がじわじわと支配地域を広げ、ウクライナの抵抗をねじ伏せるのは時間の問題だ、と。

このナラティブ(語り)を多くの人が信じれば、孤立無援になったウクライナは降伏せざるを得ず、その領土の一部または全部が大ロシアに併合される──プーチンはそう踏んだのだ。

この戦略はある程度成功した。今年5月のウクライナ東部ハルキウ(ハリコフ)州へのロシアの大攻勢は、ウクライナ軍の強固な防衛に阻まれ、今もはかばかしい成果を上げられずにいる。

それでもこの夏、ウクライナ東部ドンバス地方の前線では、ロシア軍は多大の人的・物的犠牲を出しながらも少しずつ支配地域を拡大した。

こうした前進は軍事的には大した意味を持たないが、ロシアが徐々にウクライナの抵抗を切り崩すというプーチンのナラティブに多少なりとも信憑性を与えはした。

そうした中、青天のへきれきのごとくウクライナが越境攻撃を仕掛け、プーチンのナラティブに揺さぶりをかけたのだ。

プーチンの動揺は明らかだ。国家安全保障会議のメンバーや顧問らを急きょ集め、ウクライナの奇襲を「挑発」と呼んで、その衝撃を軽く見せようとした。

クルスクの州知事代行がウクライナ軍の支配地域の面積を言おうとすると、その口を封じ、軍高官に厳しい視線を向け、事態の急変にうろたえているそぶりを見せまいとした。

周知のとおりプーチンは時に現実をねじ曲げて解釈するが、自軍がウクライナ軍をさっさと追い出せないことはさすがに分かっているだろう。この状態が続けば、彼が昨夏以降、多大の犠牲を払いつつ慎重につくり上げてきたナラティブは、もろくも崩れかねない。

ロシア軍の指揮官はクルスクに援軍を派遣しようとしているが、ウクライナ軍を駆逐するどころか、包囲に必要な兵力すら確保できないありさま。ウクライナ軍は今回の奇襲で、昨年の反転攻勢で奪還した地域よりはるかに広大な地域を制圧した。

ロシア軍がハルキウで3カ月かけて上げた戦果より、ウクライナ軍がクルスクで3日で上げた戦果のほうが大きいとみていい。

一瞬にして戦局の風向きは変わった。ウクライナ軍は1000平方キロ前後のロシアの領土を制圧したと伝えられている。制圧地域やその周辺から避難した住民は10万人を超えた。加えて、多数のロシア兵が戦わずして降伏したもようだ。

それでも、この奇襲の主な成果はクルスクの戦場ではなく、ウクライナとロシアを取り巻く政治状況にある。ウクライナでは士気と決意が高まり、ロシアでは疑念と先行き不安が高まった。西側諸国も戦局の変化に気付きつつある。

ウクライナは長く苦しい消耗戦の果てに敗北する運命にある──プーチンはそう語り、西側にもそう主張する人が多くいた。米大統領選の共和党の副大統領候補、J・D・バンスもその1人。だが今やその「予言」は説得力を失った。

今こそ西側はウクライナへの支援を強化するべきだ。ウクライナ軍がモスクワ郊外まで前進するかどうかは問題ではない(そんなことはあり得ない)。だが、ロシアの政治指導者たちに「この狂った戦争には勝てっこない」と気付かせることはできる。