海兵隊員の死から1年…尹大統領に向けられた全ての疑惑「真実を明らかに」(1)

AI要約

2023年7月19日、水害に襲われた慶尚北道の醴泉郡虎鳴邑黄地里で起きたC上等兵の死亡事故。捜索中に急流に飲み込まれ命を落とした若者の母親が真相究明を訴え、事件の闇が深まっている。

海兵隊捜査団がイム・ソングン師団長を容疑者と特定し、事件を警察に移牒したが、大統領の介入により事件処理が乱れ、不正が疑われている。

尹錫悦大統領の急な介入や指示、関係者との通話内容から、事件の背後には政治的影響や法の乱用がある可能性が浮かび上がっている。

海兵隊員の死から1年…尹大統領に向けられた全ての疑惑「真実を明らかに」(1)

 2023年7月19日、水害に襲われた慶尚北道の醴泉郡虎鳴邑黄地里(イェチョングン・ホミョンウプ・ファンジリ)の内城川一帯。前日から海兵隊第1師団の将兵らが行方不明者の捜索に投入された。河川の水位は高く、川の流れは激しかった。その日午前8時30分、救命胴衣も着けずに捜索を続けていた一等兵のCさん(のちに上等兵に追叙)が急流に飲み込まれた。

 20才の若者がむなしく命を失ってから1年。その無念の死はしかし、十分な哀悼を受けられずにいる。かけがえのない息子を失った母親は先月11日、記者らに送った手紙に「息子の1周忌の前に警察の捜査が終わって真相が究明され、息子の犠牲の原因と真実が必ず明らかになり、息子の犠牲に対する攻防が終わって、今後は子どものことだけを追悼しながら余生を送れるよう力を貸してください」と書いた。

 同僚の海兵隊員や幹部らの証言、マスコミ報道はイム・ソングン師団長の責任を指摘したが、C上等兵の1周忌が迫った8日、警察は「イム・ソングン師団長にはC上等兵の死の責任を問うことはできない」との結論を下した。真相究明のための特検法が2回も国会で可決されたが、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領はいずれも拒否権を行使した。真実はこうして葬られるのだろうか。

■パク・チョンフン大佐「一人の激怒で…すべてがめちゃくちゃに」

 国に対する信頼が失われ、遺族の純粋な追悼もできなくなったのは、昨年7月31日に起きたことのためだ。C上等兵殉職事件を調査していたパク・チョンフン前海兵隊捜査団長(大佐)は、先月21日に国会で開かれた特検法立法聴聞会でこのように述べた。

 「手続き通り、法通り、規定通りに進めば済むことです。一人の激怒によってすべてがこじれ、すべてがめちゃくちゃになり、今現在多くの人が犯罪者になりました」

 昨年7月31日の午後2時、ソウル龍山区(ヨンサング)の国防部では、C上等兵殉職事件の調査結果についての記者説明会が予定されていた。パク大佐は説明会のために「故C上等兵溺死事故の捜査経過および事件処理に関する説明」と題する報道資料を持って国防部付近で待機していた。報道資料には「師団長の作戦指導の間の服装、敬礼の態度、ブリーフィング状態などに対する指摘事項などにより、隷下の指揮官が指揮の負担を感じ、無理に腰下までの入水を指示」したという内容が書かれていた。水中捜索は危険だという大隊長と旅団長の建議が黙殺されるなど、海兵隊幹部や将兵を対象に広範囲な調査を行った結果だった。国会では、国防委員会所属の議員らに対する対面での説明が予定されていた。このため、チョン・ジョンボム海兵隊副司令官(当時)は国会に向かっていた。一日前、キム・ゲファン海兵隊司令官とパク大佐がイ・ジョンソプ国防部長官(当時)に報告した内容だ。イ・ジョンソプ長官は海兵隊捜査団の調査結果の決裁も済ませていた。

 順調に進んでいたその日のすべての日程が取り消されたのは午前11時54分、イ・ジョンソプ長官に一本の電話がかかってきてからだった。イ・ジョンソプ長官は大統領室が使う「02-800」で始まる番号からの電話を受けて、2分48秒間通話する。そして、電話を切って14秒後に自身の秘書室長役のパク・チンヒ国防部軍事補佐官(当時)の携帯電話から、キム・ゲファン司令官に電話をかけた。そして記者説明会の取り消しと、事件の警察への移牒の保留を指示した。前日に自分が決裁した事案を、大統領室との通話から14秒で覆したのだ。

 イ・ジョンソプ長官の指示後、国防部近くにいたパク・チョンフン大佐は海兵隊司令部に、国会で待機していたチョン・ジョンボム副司令官は国防部長官執務室に呼ばれた。チョン・ジョンボム副司令官が長官執務室に到着したのは午後2時17分頃。執務室ではイ・ジョンソプ長官とユ・ジェウン国防部法務管理官、パク・チンヒ補佐官が集まって会議をしていた。この席でチョン・ジョンボム副司令官は、イ・ジョンソプ長官の指示をメモした。「誰々の捜査に言及してはならない」、「人に対して措置・嫌疑はなし」。イ・ジョンソプ長官はこのような指示を出し、パク・チンヒ補佐官とともにウズベキスタンへの出張に発った。

 チョン・ジョンボム副司令官のメモに書かれた、海兵隊が捜査結果発表で言及してはならない「誰か」の正体は、その日の午後に明らかになる。海兵隊司令部に戻ったパク・チョンフン大佐は、午後5時過ぎにキム・ゲファン司令官と会った。この場でパク・チョンフン大佐は、尹錫悦大統領の「激怒」を初めて聞いた。「今日11時頃、大統領が首席補佐官会議で国防秘書官から第1師団の死亡事故関連の報告を受けて『こんなことで師団長を処罰したら、大韓民国で誰が師団長になれるのか』と激怒した」とキム・ゲファン司令官が説明したということだ。「VIP激怒説」はこうして世にあらわれた。巷の物好きな人ではなく、国を守る海兵隊の軍人を通じてだった。

■休暇中にも止まなかった大統領の携帯電話

 2日後にはさらにおかしなことが起こる。海兵隊捜査団は2023年8月2日、イム・ソングン師団長など8人を業務上過失致死の容疑者と特定し、事件を慶北警察庁に移牒(午前10時30分~11時50分)した。ここから17分後の午後12時7分、尹錫悦大統領は国外出張中のイ・ジョンソプ長官に電話をかけた。12時43分と57分にも通話した。この間にパク・チョンフン大佐はキム・ゲファン司令官から補職解任を通告された。

 尹錫悦大統領は長官代行を務めていたシン・ボムチョル国防部次官(当時)とも3回通話している。シン・ボムチョル次官は午後1時30分、午後3時40分に尹大統領に電話をかけた。続いて尹大統領が午後4時21分にシン・ボムチョル次官に電話した。尹大統領は同日午後1時25分にも、イム・ギフン国家安保室国防秘書官(当時)に電話をかけた。尹大統領はこの日は休暇中だったが、C上等兵殉職事件の捜査記録が警察に渡った後、国防部の長官や次官らに立て続けに電話をした。

 シン・ボムチョル次官は先月21日に国会で開かれたC上等兵特検法立法聴聞会で、2023年8月2日の尹大統領との通話は「(捜査記録の)回収と関連したもの」だと明かした。尹大統領が海兵隊捜査団の捜査結果に対する激怒に続き、事件記録の回収にまで深く介入していたことを立証する供述だ。尹大統領の電話と国防部の首脳部の動きがつながる地点もある。シン・ボムチョル次官は、国家人権委員会によるパク・チョンフン大佐抗命罪捜査中止緊急救済事件の調査を受けた際に、このように供述した。

 「(捜査記録を移牒したという事を)海兵隊司令官から11時30分ごろ電話を受けて確認した後、(イ・ジョンソプ)長官に電話した。長官はこれに対する対応策を検討するよう自分に指示し、13:30頃(ユ・ジェウン)法務管理官と(キム・ドンヒョク)検察団長などを執務室に呼び出した。(ところが)その間に法務管理官と検察団長がそれぞれ長官と電話で話して対応策を議論したことを確認し、別途討論をせず会議を終えた」

 この日、尹大統領はシン・ボムチョル次官と午後1時30分から8分45秒間通話した。シン・ボムチョル次官とユ・ジェウン法務管理官、キム・ドンヒョク国防部検察団長が集まった席で、シン次官が尹大統領と通話したという事実は、19日の国会聴聞会で確認された。尹大統領の指示が彼らに直接伝わった可能性も排除できない。ユ・ジェウン法務管理官は、パク・チョンフン大佐に繰り返し「容疑者を外せ」と説得したといわれる人物だ。キム・ドンヒョク検察団長は、パク・チョンフン大佐を集団抗命の首謀者であるとの容疑で捜査した責任者だ。

 尹大統領がシン・ボムチョル次官と電話で話し、キム・ドンヒョク検察団長らにパク・チョンフン大佐の刑事処罰や事件記録の回収などを直接指示したとしたら、違法の疑いが濃くなる。軍刑法で集団抗命とは「集団で上官の正当な命令に反抗した場合や服従しなかった場合」に適用するものであり、首謀者には戦時には無期懲役または7年以上の懲役、平時には3年以上の有期懲役を科すことが可能な重大犯罪だ。実際には、軍内部では命令に服従しない場合、命令違反罪(2年以下の懲役)を適用するケースがまれにあるだけで、抗命容疑は起訴も滅多にない。しかし、軍検察は2023年8月30日、国防部長官の移牒保留命令に反して捜査記録を警察に渡した疑い(抗命)などで、パク・チョンフン大佐に対する拘束令状を請求した。パク・チョンフン大佐が国防部検察団に提出した陳述書で「VIP激怒説」を明らかにした2日後だった。「上官に対する名誉毀損」の疑いも追加された。しかし、中央地域軍事裁判所は拘束令状を棄却した。司法府の独立性が保障された民間の裁判所と違い、軍法務官が循環補職の形式で軍判事として働く軍事裁判所ですらも、無理な捜査だと判断してブレーキをかけたわけだ。軍法務官として長く勤めた経験のある弁護士は「パク・チョンフン大佐に抗命の疑いを適用したということは、罪をでっちあげるという意思をはっきりと示したもの」だとし「他の機関に移牒された事件を回収した事例も聞いたことがない。尹大統領の指示がイム・ソングン師団長を処罰範囲から外せという趣旨だということが明確であり、それによって無理な措置が取られたことが事実ならば、すべての行為を包括して職権乱用の疑いを適用しうる」と語った。

(2に続く)

チョン・ファンボン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)