世界最高の検閲システムを持つ中国でなぜ「外国人ヘイト」が蔓延するのか 日本人母子刺傷事件の深い闇

AI要約

2024年6月、中国で外国人に対する暴力事件が相次ぎ、その背景には外国人ヘイトが蔓延している。米紙「ニューヨーク・タイムズ」が中国の国家システムがヘイトスピーチを組織的に煽っている可能性を指摘。

中国ではSNS上で外国人嫌悪を煽る動画やデマが拡散され、外国人に対する暴力事件が発生。中国政府のネット検閲システムが洗練されていても、ヘイトスピーチが蔓延。

愛国主義が推進される中、ヘイトスピーチやフェイクニュースが広がり、情報の正確性を保つ困難さ。言論の自由を脅かす事態も。

世界最高の検閲システムを持つ中国でなぜ「外国人ヘイト」が蔓延するのか 日本人母子刺傷事件の深い闇

2024年6月に江蘇省蘇州市で日本人母子が襲われるなど、最近、中国で外国人に対する暴力事件が相次いでいる。その背景には、ネット上で蔓延する外国人ヘイトの問題があるという。米紙「ニューヨーク・タイムズ」が外国人嫌悪を組織的に煽ろうとする中国の国家システムに迫った。

2023年、中国のSNSに公開されたある動画が広く拡散された。動画には上海の小学校の校庭らしき場所に100人以上の日本人の子供たちが集まっている様子が映し出されている。

リーダー格の2人が何かを叫ぶと、その言葉が次のように中国語字幕に翻訳される。

「上海は私たちのもの。もうすぐ、私たちは中国全土を手に入れる」

第二次世界大戦中に日本軍に占領された歴史を持つ中国の人々は、この言葉に憤りと危機感を覚えた。

だが実際には、この動画は日本の小学校で撮影されたもので、子供たちは中国に対するヘイトスピーチを発したわけではなく、運動会の選手宣誓をしていただけだった。

再生回数が1000万回を上回ってから、件の動画はようやく削除された。

中国では、SNS上で外国人嫌悪を煽るヘイトスピーチが蔓延していることが問題になっている。6月、中国東部の江蘇省蘇州市で、中国人男性が日本人女性とその息子を刃物で襲う事件が起こった。その2週間前には、米アイオワ州から中国北東部の吉林省を訪れていた大学教員4人が、やはり中国人男性に刺されている。

外国人に対するネット上のヘイトスピーチが、こうした事件を引き起こしているとみる向きもある。

中国政府のネット検閲システムは、世界で最も洗練されている。

自国の政治経済、社会、そして習近平国家主席に対する言論規制のルールが詳細に定められているのだ。ネット企業各社も自社サービスを監視しているし、政府を刺激する投稿をすればアカウントを削除され、最悪の場合、逮捕されることがわかっている国民もまた自己検閲をする。

それでもなお中国のネット上には、日本人や米国人、ユダヤ人やアフリカ人、そして政府に批判的な中国人に対するヘイトスピーチがあふれている。日本や米国に関するデマが大手検索エンジンのトップを飾り、何万件もの「いいね」がつき、拡散されている。

こうした状況を生み出す一因に、習近平が推進してきた過激な愛国主義がある。習は、「中国 vs. 世界」という構図を作り出し、他国に対して攻撃的な姿勢をとる「戦狼外交」をおこなってきた。

もちろん、ネット上でのヘイトスピーチやフェイクニュースは中国だけで起きていることではない。だが中国政府は、ある特定の国や人種に悪意が向けられたとき、それを許容するだけでなく、むしろその火に油を注いでいる。

さらにデマを正そうとしたり、ヘイトスピーチの投稿者をなだめようとしたりする国民がいれば、その口を黙らせようとする。

ネット企業も愛国主義的なコンテンツを利用して利益を上げる。中国のインフルエンサーたちもまた、ヘイトスピーチでPVを稼ぎ、そこから収入を得る。

2023年2月、米オハイオ州で有毒物質を積んだ貨物列車が脱線する事故が起きると、中国の国営メディアはこれを大きく報じた。インフルエンサーは陰謀論を広め、「この事故は1986年のチョルノービリ原発事故に匹敵する」「オハイオ州の大部分は復興不可能だ」といったデマが飛び交った。さらにチョルノービリのときと同様、米国政府や大手メディアは事実を隠蔽しているという噂も広まった。

ネット上の誤情報コンサルタントを務めるドゥアン・リエン は、中国のSNS「微博(ウェイボー)」に170万人ものフォロワーを持つ。彼は、オハイオの事故についての虚偽の投稿に騙されないようにと人々に呼びかけた。ところがその投稿は、1000回以上リポストされた後に削除された。ドゥアンは3ヵ月間微博が使えなくなり、その間、彼のアカウントには「ネットの言論ルールを破った」という警告文が表示された。

「言論の自由が脅かされています」とドゥアンは言う。

2010年に微博を始めた彼の投稿は、デマを撲滅しようとする聡明な意志が感じられるものだった。自国の変化をドゥアンはこう話す。

「かつては国営放送の中国中央電視台(CCTV)が重要な間違いを放送したら、国民はそれを笑うことができました。ところがいまは国営メディアがあからさまな嘘をついても、私たちには何もできません」