「神がかっている」甲子園に旋風を起こした大社“雨中の名物練習”昭和デーとは…492球を投げたエース馬庭優太の呟き「不思議な時間だった」

AI要約

雨上がりの甲子園球場で行われた神村学園と大社の試合。感動的な最後の一戦で大社が敗れ、エースの馬庭優太が涙をこらえる。

馬庭が投げるも粘りを欠き、逆転を許してしまう。チームは最後まで勝利を信じ、応援団の声援を受けながら戦う。

しかし、相手校は堅実な守備で優勝逃す大社を抑え、夏の甲子園は終わりを迎えた。

「神がかっている」甲子園に旋風を起こした大社“雨中の名物練習”昭和デーとは…492球を投げたエース馬庭優太の呟き「不思議な時間だった」

 すっかり雨は上がっていた。

 勝利した神村学園(鹿児島)の校歌にあわせて、手拍子が鳴る。一塁側のアルプス席を埋めた大社の大応援団からだった。勝ち負けではなかった。健闘をたたえあう。この夏、100周年を迎えた甲子園球場は、温かいハーモニーに包まれた。

 一塁ベンチ前で大社の選手たちが一列に並ぶ。背番号1の馬庭優太は、顔をくしゃくしゃにした。ナイター照明に照らされた空を見上げ、あふれる涙をこらえていた。

「勝ちたかった。でも、すごく長い夏だったし、すごく楽しかった」。いろんな感情が頭の中を渦巻いていた。

 その時は、2-2の5回にやってきた。

 無死一、二塁。延長タイブレーク2試合を含む3回戦までの全3試合を1人で投げ抜いてきたエースが、3番手での救援を告げられた。「俺が流れを変えてみせる」。 

 雨の中、小走りでマウンドに向かった。

 球場全体がこの左腕の出番を待っているかのような空気だった。この日一番の拍手で迎えられた。

 ただ、エースの登板は予定より少し早かった。

 主将で捕手の石原勇翔は言う。

「5回までなんとか馬庭以外の投手で乗り切って6回から馬庭に託す。そんなゲームプランを描いていました」

「疲れはなかった」と言う馬庭も、疲労の色は隠せなかった。初球の131キロが浮く。2球目の134キロも外に外れた。追い込んでからもファウルで粘られる。7球目。打ち取ったと思われた打球は、併殺を狙った二塁手の失策に。1点を勝ち越された。

 7回に四球から4連続長短打を浴びて4点を失い、8回にも1点を奪われた。最速141キロの直球は影を潜め、変化球も浮く。昨夏4強の神村学園は甘い球を逃してくれなかった。

「粘れなかった」と肩を落としたが、限界にきていた。

 8回、適時打を浴びた直後。カバーに回っていた本塁後ろからマウンドに戻る時、ベース付近に落ちていた捕手のマスクを左手で拾おうとした。が、つかめない。雨を吸ったグラウンドにポトリと落ちた。もう握力はほとんど残っていなかった。それでも、「最後は気力を振り絞った」。逆転を信じ、9回まで投げきった。

 仲間も意地を見せる。2-8の9回、2番藤江龍之介の内野安打や3番石原の死球などで1死満塁。好機が広がるにつれ、アルプス席の応援に合わせ、バックネット裏の観客席からも手拍子が送られていく。1人また1人と増え、次第に大きくなっていく音が選手の背中を押す。もしかしたら――。

 しかし、相手はさすがだった。動じない。最後は内野ゴロで併殺を奪われ、夏が終わった。