「勝つほど柔道が嫌いになっていく」 極限状態を離れ、町道場で教える欧州で学んだスポーツの意義――柔道・大野将平

AI要約

リオ五輪、東京五輪の柔道73キロ級金メダリスト・大野将平が、競技生活から離れてイギリスでのコーチング修行と英語の勉強に励んでいる様子を語る。

現地の道場で日本と欧州の選手の違いや教え方のアプローチの違いを学びながら、柔道の精神を理解しようと努力する姿勢を見せる。

欧州の柔道家の礼儀正しさから、自らのアイデンティティを再確認する機会を得た大野将平の成長が描かれている。

「勝つほど柔道が嫌いになっていく」 極限状態を離れ、町道場で教える欧州で学んだスポーツの意義――柔道・大野将平

 スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。

 今回は連載「なぜ、人はスポーツをするのか」。現役アスリートやOB・OG、指導者、学者などが登場し、なぜスポーツは社会に必要なのか、スポーツは人をどう幸せにするのか、根源的価値を問う。第2回はリオ五輪、東京五輪の柔道73キロ級金メダリスト・大野将平が登場する。

 一点の死角すらない大野将平の柔道には、心憎いまでの気高さがあった。彼は引退ではなく、競技生活にひと区切りをつけて昨夏より日本オリンピック委員会のスポーツ指導者海外研修事業を利用してイギリス・スコットランドに渡り、コーチング修行、語学習得に励んでいる。柔道家として競技にすべてを注ぎ込んできた生活から離れ、スポーツ文化が根づく欧州での生活において何を思い、何を感じているのか。今の自分を重ねながら語ってもらった。(取材・構成=二宮 寿朗)

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 今の生活は、基本的に現地のクラブチーム、スコットランドのナショナルチームの練習に顔を出して一緒に稽古したり、教えたりしつつ、英語の勉強もやっています。昨夏に日本から来たころは、スコットランドの選手たちを強くしなきゃいけない、自分の技を教え込まなきゃいけないと、どこか使命感ばかりに駆られていました。しかし現地の道場に行って、勉強してという生活を続けていくうちに、2年間という短い期間で大きく変化させることは簡単ではないんだなとゆっくり理解していくことで考え方に変化が生まれました。

 

 あまり責務に縛られなくていいんじゃないか――。そんな思いに至ってからはリラックスして過ごせるようになっています。

 選手の指導において、そもそも日本と欧州では選手の骨格が違います。(欧州は)フィジカルはしっかりしていても股関節が硬く、上半身の強い部分を活かし切れていないと感じています。日本は相撲もそうですが、股を割るとか(下半身の)柔軟な動きは得意。ですから欧州の選手たちに日本と同じように教えてもなかなかうまくいかないのは仕方がありません。できないなりにも彼らができるようなものを一緒になって見つけていくという作業は、思いのほか楽しく、そして充実しています。

 依頼があればスコットランドを出て、ほかの国に出向くことも積極的にやっています。過日、スイスのとある町道場に呼ばれて、指導する機会をいただきました。

 柔道着には白と青があるなかで、全員が白を身に着けていました。日本の柔道家にとって白は、死を覚悟して試合に臨むという死に装束の意味があります。そのスイスの道場は日本の伝統を大事にするオーセンティックなスタイルで、「整列」となれば上座のほうから順番に正座をしていきます。このような道場が欧州にはいくつもあります。

 私も現役時代、日本の柔道家以上に柔道の精神性を理解しようとする欧州の選手たちをよく見てきました。このような道場があって、柔道がきちんと浸透したうえで欧州の柔道が発展しているんだなとあらためて感じることができました。とともに、礼儀正しく、規律正しい欧州の柔道家を見て、今の自分は日本人柔道家として誇れるのかというのを自問自答する、いい機会をいただいたとも感じました。