脳は「老化」ではなく、むしろ「成熟」している…東大教授・池谷裕二が語る「シニアの脳」だけが持つ魅力

AI要約

人間の脳は年齢とともに成熟し、判断力や生活の豊かさをもたらす。

将来は技術的な発展によって脳の機能を補強することが可能になるが、自然な老化が持つ魅力も大切にしたい。

高齢者の判断力の低下は速度だけでなく、豊富な知識や経験に基づく的確な判断があることを示す。

脳は「老化」ではなく、むしろ「成熟」している…東大教授・池谷裕二が語る「シニアの脳」だけが持つ魅力

 年齢を重ねるにつれて、人間の脳は老いていく――ほとんどの人がこう考えて、なかば諦めつつ脳の「老化」と向き合っていることだろう。しかし「決して悲観することはない」と話すのは、脳研究の第一人者である東京大学教授の池谷裕二氏だ。

 池谷氏によれば、むしろ年齢とともに脳は「成熟」していき、若いころよりも的確な判断が下せるだけでなく、人生をより充実したものとして楽しめるという。

 インタビュー前編『 「他人の見た夢の中身がわかるんです!」…東大教授・池谷裕二が語る「脳研究」のスゴい最前線』に引き続き、最新刊『夢を叶えるために脳はある』の発売を機に、老いゆく脳だけが持っている「スゴいチカラ」について伺った。

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いけがや・ゆうじ/1970年静岡県生まれ。脳研究者。現在、東京大学薬学部教授。著書に『記憶力を強くする』『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス)など

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 AIによってもたらされた脳研究の進歩を目の当たりにすると、「いっそのことAIに人間の脳をサポートさせれば、物忘れや判断力の低下といった日頃の悩みも解消できるのではないか」と考える方は少なくなさそうです。

 おそらく将来、技術的には、脳と外付けのメモリをつないでおくことで、必要に応じて過去の記憶を引き出して読み込むことが可能になるでしょう。そうなればもう物忘れで悩むことはなくなるはずです。

 またAIと高性能センサーを用いれば、判断力を補強するデバイスも開発できるかもしれません。最新技術の力で加齢による限界を超えて、不可能を可能にすること自体はそう難しくないと思います。

 しかし技術の力を借りて脳の機能を維持することで、失われるものもあるでしょう。私はむしろ、自然に年齢を重ねて成熟していく脳にこそ「魅力」があると考えています。

 実は、加齢による判断力の低下や物忘れは、決してネガティブにとらえるべきものではありません――むしろそれは、人間らしく生きるために必要な豊かさをもたらしてくれるのです。

 たしかに高齢の方は、レスポンスが遅くなる傾向にあります。たとえばさまざまな写真を矢継ぎ早に見せて、写っているものが食べられるかどうか即座に判断してもらう実験を行うと、子どもは反応が速い一方で、年配の方は答えるのに時間がかかる。

 しかし判断を下すまでの時間は長くなっても、決して判断力そのものが衰えているわけではありません。その証拠に、実験中に高齢者の脳を調べてみると、さまざまなことを考えているとわかったのです。

おそらく、食べられるかどうかをただ判断しているだけではなく、「これは生では難しいけど、火を通せば食べられるだろう。それも焼くより蒸したほうがおいしそうだな……」といったように、長年にわたって取捨選択してきた有用な知識や経験にもとづいて、より正確でニュアンスに富んだ判断を下そうとしているのでしょう。

 スピードを唯一の指標にして、これを「老化」の一言で切り捨ててしまうのは、あまりにももったいない。