「赤ちゃんってできることどんどん増える」左手に障害を持つ小釜莉代選手がトライアスロンに挑戦したきっかけは『息子の成長』【ヒーローインタビュー】

AI要約

宮城県七ヶ浜町で行われたトライアスロン大会に参加したパラ競技選手の小釜莉代選手のストーリー。

小釜莉代選手は元陸上競技選手であり、トライアスロンへの挑戦は38歳の時に始まった。

小釜莉代選手の挑戦のきっかけや日々のトレーニングについて紹介。

「赤ちゃんってできることどんどん増える」左手に障害を持つ小釜莉代選手がトライアスロンに挑戦したきっかけは『息子の成長』【ヒーローインタビュー】

宮城県七ヶ浜町で行われた耐久レース・トライアスロンの大会。海を泳ぐスイム、ロードを走るバイク、ランと鍛え抜いた体と精神力が試される競技です。この大会で、唯一パラ競技で出場した女性がいました。今回のヒーローは、パラトライアスロン小釜莉代選手です。

■挑戦し続ける小釜莉代選手

元々は陸上競技一筋で、パラ陸上女子1500mの日本記録保持者でもあります。そんな彼女が一転、38歳のときに全くの未経験であったトライアスロンへ挑戦。新たに踏み出した一歩、そしてその先に見据える未来は…。

仙台市若林区の河川敷。小釜選手は普段よくここで練習をしているそうです。

パラトライアスロン 小釜莉代選手:

「バイクは1日70キロとか。バイクの日はバイクって決めて走れるだけ走って。ランは1日10キロくらい。スイムは2500、3000mいったらいい方ですね」

彼女が取り組むのは、「スプリント」という総距離がおよそ30㎞の種目。トライアスロンの中では短距離走とも言われますが、その分スピード感が求められます。

小釜莉代選手:

「(子どものころから)かけっこは基本一番しかとったことなくて。やっぱり気持ちいいので、走るのが。一番でゴールするっていうのが」

小釜選手は京都府出身。先天性の左上肢機能障がいがあります。

東北大学理学部進学をきっかけに宮城にやってくると、大学の陸上部ではキャプテンも務め、陸上選手として活躍しました。陸上一筋だった彼女が2年前にパラトライアスロンの道へ。そのきっかけは意外なものでした。

■新たな挑戦のきっかけとは

小釜莉代選手:

「子供が1歳の時に…、赤ちゃんってできることどんどん増えていくじゃないですか。それを見て、自分もやりたいことをやりたくなって。憧れみたいな存在でトライアスロンは、ずっと。東北大ってトライアスロン部強いじゃないですか。世の中あんまり3種目できる人いないだろうって思っていて。3つできることがすごい、だから自分もすごくなりたい!と思って。(2016年のリオパラリンピックから)パラトライアスロンがパラリンピックの正式種目になって、両手ない人とかもいっぱいやっているわけで。私にもできるかもって」