【特集】液状化に津波、火災・・・克明な記録 60年前に発生した新潟地震の被害映像 撮影した男性が伝えたいこと《新潟》
1964年の新潟地震を被害の目撃者である原山清さんが記録し、その様子が描かれている。
原山清さんは揺れの直後に被害状況をカメラで撮影し、新潟市の中心部や液状化現象、火災などを記録した。
石油タンクの火災や津波、被害の大きかった箇所の様子が詳細に描写されている。
60年前の1964年に発生した新潟地震。揺れの直後に現地に入り、被害の様子を克明に記録した男性がいます。映像を通して男性が伝えたいこととは。
立ち上った真っ黒な煙。
信濃川に落ちた昭和大橋。あの日の記憶は、今でも目に焼き付いています。
〈原山清さん〉
「覚えている、ここは」
Q)忘れないですか?
「うん、だいたい場所わかるね」
新潟市秋葉区に住む原山清さん(89)です。自動車整備工場を営んでいた原山さんは1964年6月16日、仕事をしている時に大きな揺れに襲われました。
カメラが趣味だった原山さん。
揺れのあとすぐにカメラを抱え新潟市の沿岸部へ車を走らせました。そして、当時の様子を克明に記録したのです。
〈原山清さん〉
「当時はね、なんでもかんでも撮るという気はあった」
撮影したのは新潟駅や萬代橋、さらに昭和大橋など新潟市の中心部に加え、大規模な火災に見舞われた石油タンクなど被害の大きかった場所を重点的に回りました。
新潟駅の東側を通る「こ線橋」。
橋は列車を押しつぶすように大きく崩れていました。
こちらは、萬代橋の付近です。
道路には大きな亀裂が入り地面が隆起。
歩道は陥没していました。
現在の万代地区の付近では…
〈原山清さん〉
「液状化、まさしく。(新潟地震の)そのあとにテレビとかで盛んに言った」
液状化現象が発生。
そこから離れた川岸町でも4階建てのアパートが傾き、倒れました。
ことし元日の地震でも大きな被害をもたらした液状化。
新潟地震を契機に本格的な研究が始まりました。
空を覆いつくすような黒煙。
〈原山清さん〉
「これは石油会社のタンクが燃えているところ」
揺れにより石油タンクから出火。約2週間にわたり炎上し、コンビナート火災としては過去最悪の被害が出ました。
さらに…
〈原山清さん〉
「これは萬代橋の上から撮っている。津波の“2波”が上がってくるところ」
木材や家屋などを押し流す津波。