糖尿病を「手術」で治す…膵臓移植はいまどうなっているのか

AI要約

糖尿病治療には膵臓移植手術があり、膵臓全体を移植する方法や膵島のみを移植する方法がある。

手術は全身麻酔で行われ、血管をつなぎ合わせる際にリスクがあるが、成功率も高い。

膵臓移植は重度の糖尿病患者に効果があり、膵臓だけでなく腎臓もダメな場合は膵腎同時移植などの手術法もある。

糖尿病を「手術」で治す…膵臓移植はいまどうなっているのか

 糖尿病治療というと、経口やインスリン注射などの薬剤治療のイメージが強いが、膵臓移植手術で治す方法もある。糖尿病専門医で「しんクリニック」(東京・蒲田)の辛浩基院長に話を聞いた。

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「手術で糖尿病を治す方法は2つあります。1つは『膵臓移植』といって、インスリンを分泌しながら血糖を制御している膵島を分離せず膵臓ごと移植する手術です。糖尿病の治療には不要な部分ごと移植するのは手術が簡単だからです。移植した臓器や細胞が移植後も生き続けることを生着と言いますが、膵臓移植の生着率は高く、1年後に臓器を受け取った患者さんの80%以上はインスリン注射が不要になるといわれています」

 実際の手術は全身麻酔で行い、開腹して膵臓を十二指腸の一部と一緒に移植する。移植時には臓器を提供する側と受け取る側の血管をつなぎ合わせるため手術リスクは高く、手術時の合併症も起こりやすいとされている。それでも手術による直接の死亡率は、通常の消化器外科領域の開腹手術と比べて高いものではないといわれている。

 もう1つは「膵島移植」といって、インスリン分泌に必要な内分泌細胞(膵島)のみを取り出して、局所麻酔下において肝臓内の血管である門脈に注入する細胞移植法だ。

「移植自体は膵臓移植よりも肉体的負担が軽いのが特徴です。超音波検査とレントゲン検査を組み合わせ、肝臓に針を刺してチューブを介して点滴の要領で肝臓に移植します。膵島移植は2~3回移植することが多く、膵島細胞は肝臓内で生着し、血糖に反応してインスリンを分泌するようになり、インスリン注射が不要になる人もいます」

 手術の対象となるのは重度の糖尿病患者で、主に1型糖尿病の患者。具体的には膵島の機能が著しく低下して自分の膵島からインスリンが分泌できず、インスリン注射治療や食事、運動療法を行っても血糖制御が極めて困難で、意識を失う重症低血糖発作を起こす患者が対象となる。

「重度の糖尿病の患者さんの多くは膵臓だけでなく腎臓もダメになっているケースが多い。そのため膵臓移植には3つの手術法があります。腎不全がある場合は膵臓と腎臓を同時に移植する膵腎同時移植(SPK)、先に腎臓移植をした後に膵臓移植を行う腎移植後膵移植(PAK)。それに、腎不全がない場合に行う膵単独移植(PTA)です」

 いままでのところ3つの手術法の割合は、SPK85%、PAK12%、PTA3%となっている。残念ながら膵臓移植の症例数は決して多くない。

■全国で500例以上の実績も課題は臓器不足

「本邦膵臓移植症例登録報告(2023)」(日本膵・膵島移植学会)によると膵臓移植手術を行える認定医療機関は昨年6月時点で全国に21施設あるが、最も症例数が多い医療機関ですら102例(うち2例は生体移植)。2000年4月から2022年末までにわが国で行われた脳死・心肺停止下での膵臓移植は491例(脳死下488例、心肺停止下3例)で、2014年以降行われていない生体間移植27例を加えても合計518例に過ぎない。しかも2020年28例、2021年23例、2022年30例と新型コロナ前の2019年の49例から大幅に減少している。

 手術リスクがあるとはいえ、人工透析や血糖コントロールに悩み、日々のインスリン注射に苦しむ人にとっては価値ある治療法に思えるが、なぜ普及しないのか?

「そもそも臓器提供数が少ないうえ、提供者(ドナー)の臓器が必ずしも受け手(レシピエント)に合致しないことなどが原因です。実際、2022年末までの脳死・心肺停止下の臓器提供承諾は889例あり、膵臓移植の実施は488例で、実施率は54.9%にとどまっています。日本の膵臓移植は、いわゆるマージナルドナー(完璧に条件を満たしているとは言えないものの、移植可能な臓器を提供しうるドナー)が中心です。これまでの491例中346例がこれに該当し、1、3、5年の生存率はそれぞれ95.5%、94.2%、92.2%で、非マージナルドナーとの有意差はありませんでした」

 ちなみに手術後に亡くなったのは55例。内訳は感染症14例、がん7例、心臓病8例、脳血管障害4例。膵臓グラフト(膵臓と腸のつなぎ目または閉鎖した膵臓の断端から膵液が漏れること)による死亡もあった。

「膵臓移植による糖尿病治療は欧米では確立した治療法ですが、日本では研究段階の側面が強く、誰でも受けられるものではありません。ただ、重度の糖尿病のなかには投薬治療では救えない患者さんもいます。こういう治療法があることを知っておくことも大切です」