夏山の「低体温症」に要注意!1日10人の死亡事例も…綿素材の下着にもリスクが

AI要約

夏山登山での低体温症に注意が必要であり、適切な対策が重要である。

過去の登山事故や低体温症の症状、対処方法について詳細に紹介されている。

適切な装備や行動をとることで、低体温症リスクを軽減することができる。

夏山の「低体温症」に要注意!1日10人の死亡事例も…綿素材の下着にもリスクが

 いよいよ本格的な夏の行楽シーズンがやってきた。最近、山登りは中高年に人気があり、8月11日の「山の日」近くに夏山登山にチャレンジする人もいるだろう。ただ、この時季は暑さ対策ばかりに目を奪われがちだが、万一に備えて「低体温症対策」にも注意したい。兵庫県立加古川医療センターの救急科部長で北アルプスの三俣山荘の夏山診療所でも診療に従事する伊藤岳医師に聞いた。

  ◇  ◇  ◇

「全国的に熱中症対策ばかりが強調されているせいか、都会と同じ感覚で、軽装で入山する登山初心者もいます。しかし、真夏でも標高の高い山では天気や体調次第で低体温症を発症することがあります」

 そもそも伊藤医師が診療を行う三俣山荘が今の形で設立されたのも、低体温症で死亡する登山者が後を絶たなかったから。装備が充実したいまも低体温症の登山者が珍しくないという。

 夏山での低体温症といえば、2009年7月16日に発生した北海道のトムラウシ山(2141メートル)の遭難事故が有名だ。本州からの山岳ツアー客らが遭難し、ツアーガイドを含む10人(他のパーティー、単独登山者含む)が死亡。全員50歳以上で死因は低体温症だった。

「ツアー客らはみな登山経験があり、宿泊を含む縦走予定ということで防水透湿性素材の雨具など装備に不備のないメンバーも多かったようです。しかし、天候悪化時の判断を誤った結果、低い気温に加え、連日の悪天候による衣類や足元からの濡れ、風による体温喪失、なにより低体温症の知識が乏しかったことから悲劇を招いたのです」

 そもそも人の体温には腋窩など体の表面から測定する皮膚体温と、臓器や血液の温度を反映する深部体温の2種類がある。深部体温は食道や直腸専用の体温計を使って測り、37度くらいが正常とされる。

「低体温症とは寒冷環境などにおいて体の深部体温が35度以下に低下した病態を言います。一般的に、軽症(32~35度)、中等症(28~32度)、重症(28度未満)の3つに分類され、中等症以上で死亡率が上がるといわれますが、環境や対応次第では軽症でも死亡リスクは高まります」

 低体温症になると、最初は筋肉を小刻みに動かして熱を発生させて体温を維持しようとする「シバリング」と呼ばれる体の震えが起きる。深部体温がさらに低下するとやがて震えが収まり動作が遅くぎこちなくなって反応が鈍くなり、判断力が低下。やがて昏睡状態になって心拍や呼吸が遅く、弱くなり最後は停止してしまう。

「低体温症は寒さという環境要因だけで起きるわけではありません。それ以外に3つの要因が関係しています。ひとつは熱の喪失です。代表的なものは雨や風の影響です。水の熱伝導率は空気の約25倍あるため、体の表面が濡れているとすぐに体温を奪われます。体感気温は風速1メートルごとに1度低下する。雨に濡れ、風にさらされた状態でじっとしているだけで、体温は奪われていきます。日常的によく使用される綿素材の下着は、水分が乾きにくく体表から熱を奪いやすいので、化繊やウールのものを選ぶといいでしょう。2つ目は熱産生機能の低下です。震えや運動による熱産生には、筋肉とそれを動かす栄養が必要です。栄養不足や疲労状態に陥り、体内で熱を生み出す機能が低下すると、体温の維持が困難になります。3つ目は体温調節機能の低下です。持病やお酒、薬、あるいは頭部外傷や脳卒中の影響で体温調節機能がうまく機能しなくなることがあります」

■防水透湿性素材の雨具や靴を準備する

 こうした要因が重なれば、本来37度ある深部体温が外気温と同じ程度まで下がる可能性があり、数字上はあまり低く感じない気温であっても低体温症を発症しうると伊藤医師は言う。

「高山では朝夕や悪天候時にはかなり気温が下がります。建物など雨風をしのぐ場所が近くにあるとは限らず、安全地帯までの行動もまた体力や体温を削る要素となります。荒天が予想されるときは登山の中止や計画変更を考える。防水透湿性素材の雨具や靴に加え、足元が濡れにくいようにショートスパッツを併用してもよい。水分や食事をしっかり取ることなどが重要です」

 では、夏山で低体温症を疑う症状が出たら、どうすればいいのか?

「まず寒さや雨風を遮る対策をすること。熱をつくり出すための燃料となる炭水化物や温かいものを取ること。また、濡れた衣服は脱いで、乾いた衣類の重ね着で体の表面に空気の層をつくること。ペットボトルや水筒のお湯で湯たんぽを作って脇や股間を温めるのもいいでしょう」

 本格的に深部体温が下がると、医療機関において胃洗浄や人工心肺の導入など、大がかりな治療が必要となることもある。低体温症になれば本人はもちろん周囲にも迷惑がかかる。夏山登山を予定している人は低体温症を正しく知り、万一の場合に適切な対策を行うだけの準備をしておくことだ。