大人の余裕で過ごす、オリンピック直前のパリ 人々を魅了し続ける理由は 宇賀なつみがつづる旅
宇賀なつみさんが15年ぶりに訪れたパリでの心境や体験を綴った記事。
若い頃と違ってゆったりと過ごせるようになり、パリの魅力を再発見。
自由を楽しむことの大切さを感じ、素敵な時間を過ごす決意を新たにする。
フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。15年ぶりに訪れたパリはオリンピック直前。宇賀さんの事前の心配や、かつての記憶とも少し違ったそうです。
またひとつ歳を重ねた。
毎年誕生日が来るなんて当たり前のことだし、
もうお祝いしてもらうような年齢ではないのかもしれない。
でも今年は、たくさんの人に、そして自分でも祝うことができた気がする。
オリンピック開幕直前のパリ。
道路は渋滞しているし、治安も悪化していると聞いていた。
それでも、どうしても行きたくなった。
社会人になって初めての夏休みに訪れて以来、15年ぶり。
どうしてかわからないけれど、今こそパリだと思った。
夜明けとともに着陸して外に出ると、空気がひんやり冷たかった。
まだ人はほとんどいない。
タクシーの窓を流れていく街並みが、すでに美しくて見惚(みほ)れてしまう。
15年前は、ルーヴル美術館や凱旋門、ヴェルサイユ宮殿など、
有名な観光地ばかりを巡った。
今回は、予定が何もない。
ひとまずホテルに荷物を置き、近くのカフェでコーヒーを飲んだ。
若い頃だったら、1分1秒を無駄にしたくなくて、
すぐにどこかへ出かけていただろう。
大人になると、余裕ができるのだろうか。
単純に、体力が落ちているだけなのかもしれないけれど、
焦ったり急いだりすることが減った気がする。
そう考えると、歳を重ねるのも悪くないなと思う。
しばらく散歩をしてみることにした。
パレ・ロワイヤル庭園を抜けて、国立図書館に入る。
学生たちが勉強をしている間を静かに通り抜けて、
奥のソファでしばらくぼんやりしていた。
私のような外国人でも、地元の人たちの空間にふらっと入れる気軽さが面白い。
外に出ると、急に足元が気になった。
まだ紙タバコを吸う人が多く、そこら中に吸い殻が落ちている。
それもまた味というか、不快な訳ではなく、
そういうものなのだとすんなり受け入れることができた。
そのまま気になる方へ歩いていたら、いつの間にかマレ地区に入っていた。
若者が多いエリアで活気がある。
写真を撮ろうとスマホを向けると、道ゆく人が手を振って応えてくれた。
どの店に入っても、笑顔で出迎えてくれて、最初から英語で話してくれる。
15年前に、こんなことがあっただろうか?
たった1週間の滞在で偉そうなことは言えないが、
パリの人達は、もう少しクールだったような気がする。
次の日も、その次の日も、思いのままに過ごした。
シャンパーニュに日帰りしたり、
小さな美術館巡りをしたり、
日本人シェフのフレンチを堪能したり、
やりたいことがどんどん増えて、忙しかった。
夕方を除いて、渋滞が酷いということもなかったし、
特に危ない目に遭うこともなかった。
地下鉄で迷っていると「どうしたんだ?」と4人ほど集まってきて、
行き先を教えてくれたくらいだった。
実際に行かないで、あれこれ心配しているのは勿体無い。
世界中どこにでも、優しい人がいて、怖い人もいるということだろう。
最終日には、街を見下ろせるレストランへ行った。
昼と夜の間の一番好きな時間、いわゆる「マジックアワー」を、
ゆっくり堪能したかったのだ。
青い空が少しずつピンクに染まっていく。
その色がセーヌ川に反射して、街全体がピンクのベールに包まれているようだった。
太陽が沈みはじめると、その光はオレンジに変わり、
やがて柔らかい闇へと姿を変えていった。
すぐ横でカクテルを飲んでいるカップルは、会話に夢中で、空など見ていなかった。
きっと二人にとっては、当たり前の景色なのだろう。
そのすぐ後ろでは、ピンクの鮮やかなワンピースを着たご婦人が、
ひとりでワインを飲みながら食事をしていた。
全員が、幸せそうに見えた。
パリの人達は、老若男女、皆がおしゃれだった。
流行を追うのではなく、周りを気にすることもなく、
自分のスタイルを楽しむことこそが、本当のおしゃれなのだと教えてくれた。
私はどうなのだろう?
自由を謳歌しているように見えるかもしれないけれど、
まだまだ本物ではない気がした。
やっぱり、パリは素晴らしい。
世界中の人たちを魅了し続ける理由が、やっとわかった。
次に訪れるときには、もっとおしゃれでいたい。
白髪になっても、ひとりでワインを飲みにきたい。
そのためにも、本当に大切なこと以外気にせずに、
軽やかに楽しく、生きていこうと思った。
(文・写真 宇賀なつみ / 朝日新聞デジタル「&Travel」)