格闘技もプロレスも神事である 夢枕獏

AI要約

神事となるゴジラ映画を撮ることを語る山崎貴監督の言葉。

妄想博士が語る、ゴジラやドラえもんが神々としての役割を持つ物語。

「BE-PAL」で連載中の「忘竿堂主人伝奇噺」の舞台裏とテーマ。

昔の神々の遺伝子を受け継いだプロレスラーたちの素晴らしい技の再現。

40年前のUWFと極真会館の神々が再び活躍。

ジョシュ・バーネット監督の神事によって神々の技が形に。

著者の感慨と喜び、40年の時を経て受け継がれた信者としての思い。

神々の理論が証明された瞬間に抱く感情。

40年間の旅が報われたことへの喜び。

格闘技もプロレスも神事である 夢枕獏

 とんでもないものを見てしまった。

 今日はその報告をしなければならない。

「ゴジラ映画を撮るというのは、神事である」

 そう言ったのは、山崎貴監督である。

 まことにその通り。

 妄想博士であるわたしの妄想によれば、ゴジラは折口信夫の言うマレビトであり、だとするなら、ドラえもんもまたマレビトたる資格を持つ神々のひとりなのである。

 このような妄想物語を、大マジメで語る連載を、実は今年(2024年)の7月から小学館のアウトドア情報誌「BE-PAL(ビーパル)」で始めたのである。

 タイトルは「忘竿堂(ぼうかんどう)主人伝奇噺――古代史を遊ぶ」というものだ。

 神々は人とともに旅をし、人は神とともに旅をする。神々は、時空の中を人とともに旅をしながら、分裂し、名や姿をかえて、時には途中で消えたり、別の神々や、ある時は、2万年前に別れて名をかえた自身と海の彼方の国で再び出会い、融合してあらたな神を生んだりするのである。

 ぼくが追いかけているのは、7万年から8万年前、我々現世人類がアフリカを出た時、ともにアフリカをお出になったひと柱の神である。我が日本国は、この神の特異点で、数えたことはないが、30に余る別のお名前をもって、この日本国でまだ生息しておられるのである。このような国は、世界を見回しても、日本をのぞいて他にない。

 そういうことをテーマにして、人生の杖たる釣り竿を片手に、あちらこちらと旅をしながら、勝手にノリノリの筆を自在に走らせ、連載をしてゆくことになっているのである。まあ、つまり、芸歴50年の、老い、少しくたびれた物語作家が、文芸の魔術を駆使して、読者をとんでもない場所までお連れしようという、ちょっとカマしている連載なのである。

 だから、本来は、これは「BE-PAL」で書くべきことではあるのだが、この話、あまりにあまりな話であるので、どこか別のところで、独立した話として書いておくべきじゃないの、などと悩んでいたら、この原稿を引きとってくださるというところが現れた。

 それが「朝日新聞」の「好書好日」で、今、皆さんが目にしているこの原稿なのである。

 

     ◇

 というわけで、時は2024年6月22日、場所は両国国技館なのである。

 そこで「ブラッドスポーツ」なる、格闘技、いや、プロレス、いや、神事が開催されたのである。

 この神事をとりしきったシャーマンが、ジョシュ・バーネットだよ。あえて説明はしないが、知る人ぞ知る格闘技の世界ではスペシャルなシャーマンと言っていい。

 この神事に招喚された呪術師(シャーマン)・神々がまたいいのだよねえ。

 ジョシュ・バーネット本人、船木誠勝、鈴木みのる、桜庭和志だ。どうだぶったまげたろう。

 UWFという新しい教えをこの世に広めた面々だよ。しかも、観客席最前列に並んでいるのは藤原喜明組長で、その横には前田日明がいるではないか。ここで初代タイガーマスクこと佐山サトルの姿があれば、完璧で、客席のどこかにターザン山本がもしもいたのなら、ダブルパーフェクトだよ。

 この面々で、ざっと40年前に、UWFという運動体が始まった時には、おれはときめいたね。

 ついに始まるんだと思ったよ。

 何がって?

 それは

「真剣勝負でやるプロレス」

 だよ。

 今風に言えば、

「総合格闘技」

 MMA

 だ。

 そして、それは、本当に始まってしまったのだよ。

 海の彼方まで、おれは観に行ったよ。

 ブラジルのサンパウロ。

 前田光世の家にも行ったよ。

 カーロス・グレイシーにも会った。

 90歳の彼は、やっと言ったよ。

「覚えてるとも、ミツヨ・マエダのことは」

 それから、ほどなく彼は亡くなったが、おれは、UFCを観るため、アメリカにもゆき、アブダビまで出かけていって、アラブ首長国連邦の王子が主催する神事にも立ちあってきた。

 ああ、とんでもない時代だったよ。

 それで、ブラジルから黒船に乗って、グレイシーという神々がやってきた時、これを迎え撃ったのが、UWFから生じた、様々な団体だった。

 UWFがあったから、日本は、この黒船を迎え撃つことができたんだ。その時、この黒船の神々と闘ったのが、船木誠勝や、鈴木みのるや、桜庭和志という神々だったんだねえ。

 その時、日本にあった極真会館という、強い強い、神々集団も、この神々の戦に参加してくるんだよ。

 まさに、日本にUWFと極真会館があったから、この事件に対応できたといっていい。

 UWFとは何かと言えば、これはもちろんアントニオ猪木の遺伝子を受け継いだ団体だよ。

 極真と言えば、大山倍達がたちあげた最強の空手集団だよ。ぼくが一番親しくさせてもらった大道塾も、この極真から生まれたんだねえ。

      ◇

 試合は、よかった。

 何がよかったって、至るところに、神々の遺伝子が生きていたってことだ。受け継がれていたってことだ。

 鈴木秀樹は、エリック・ハマーに、スライディングキックだ。これは別名アリキック。猪木がモハメド・アリと闘った時に生み落とした技だ。

 桜庭の極(き)め技は、チキンウィング・アームロック、別名ダブルリストロックだ。

 船木は、アンクルホールド。

 鈴木みのるは、おお、ティモシー・サッチャーに、ゴッチ式パイルドライバーだ。

 それにしても、鈴木はほんと、いいプロレスラーになったよなあ。

 船木は、あいかわらずその相貌に悩める青年の色気を残している。

 そして、コブラツイストが出た。

 おお、これは、猪木のグラウンドコブラじゃないか。

 卍固めも出たぞ。

 どれもこれも、猪木や、UWFや、カール・ゴッチの遺伝子が生み出したものじゃないか。

 消えてしまったと思っていた神々が、ここにきちんと、技として受け継がれて生きているんだねえ。

 もう、この世から消えてしまっていて、どこへ行っちゃったんだと思っていた、神々の御技(みわざ)が、ちゃんとここに残っていたんだねえ。

 それも、これも、UWFと猪木が大好きだったジョシュ・バーネットが、この神事をとりおこなっていたからこそ、両国国技館という神殿の、神楽の舞台に、生じたことだったんだねえ。

      ◇

 今、おれが考えている、神々の理論が、ここにきちんと証明されているじゃないか。

 涙が出たよ。

 これは、書いておかねば、そう思ったんだ。

 それで、この40年間、さまよい続けてきた、UWFと猪木に捧げてきた、信者としてのおれの心の何者かが、なんともなんとも嬉しいかたちで、まっとうされたんだよ。

 それを書いておきたかったのだ。

ゆめまくら・ばく 作家。1951年、神奈川県小田原市生まれ。77年にSF文芸誌でデビュー。「キマイラ」「魔獣狩り」「餓狼伝」「陰陽師」などのシリーズで人気を集める。釣り、登山、格闘技観戦などの趣味は、『神々の山嶺』(柴田錬三郎賞)、『大江戸釣客伝』(泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞)などの作品に生かされている。『上弦の月を喰べる獅子』(日本SF大賞、星雲賞)、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』、『宿神』『大江戸恐竜伝』など著書多数。