TVアニメ『逃げ上手の若君』の主人公・北条時行とは何者か? 鎌倉幕府滅亡で狂わされた貴公子の未来

AI要約

北条時行は、鎌倉北条氏最後の得宗・北条高時の次男として生まれたが、幼少期の情報はほとんどわかっておらず、兄がいたことも明らかになっている。

時行は鶴岡八幡宮の別当として育てられる可能性もあったが、鎌倉幕府の滅亡により幼い時に困難な状況に置かれることとなった。

物語『逃げ上手の若君』が始まる頃には、未だ10歳にもならない若者であり、建武政権を揺るがす存在に成長していく過程が描かれる。

TVアニメ『逃げ上手の若君』の主人公・北条時行とは何者か? 鎌倉幕府滅亡で狂わされた貴公子の未来

7月6日よりTVアニメ『逃げ上手の若君』がスタートした。1話では主人公・北条時行(声:結川あさき)が鎌倉の街を駆ける平和な様子から一転、鎌倉幕府滅亡という衝撃的な展開が描かれた。教科書でもあまり多く触れられないこの時代を生きた北条時行とは、一体どのような出自の人物だったのだろうか?

■鎌倉幕府の最高権力者の家系に生まれた貴公子の悲劇

 北条時行は鎌倉北条氏最後の得宗・北条高時の次男として生まれた。生年は不明である。母は「二位殿」あるいは「新殿」と呼ばれる女性と考えられている。彼女もまた出自がはっきりしない。「新殿」という呼び方が正しいなら比較的新しく高時の側室となった女性だろうかと想像できる程度だ。

        

 北条時行のプロフィールはわからないことだらけである。幼名も史料によってまちまちだ。『太平記』諸本では「亀寿」「兆寿」などとされる一方で、南北朝時代の歴史書『保暦間記』『梅松論』ではそれぞれ「勝長寿丸」「勝寿丸」と記されている。鎌倉幕府の最高権力者である得宗家に生まれたまごうかたなき貴公子なのに、幕府が滅んでしまったばかりに、時行の実像を知る手がかりはあまりにも少ない。

 時行には兄が一人いた。高時の長男・邦時である。彼は正中2年(1325)の生まれで、鎌倉攻めにより亡くなった元弘3年(1333)の段階では数え年でほんの9歳だった。よって弟である時行の年齢はこれより下ということになる。

 邦時の母親は得宗被官である五大院氏の娘である。彼女もまた側室であり、高時にはこれとは別に安達氏出身の正室がいた。安達氏は鎌倉幕府草創期から続く名門御家人で、代々得宗家に正室を送りこんできた。当時の家督継承権は生まれの順番では決まらず、母方の家格の違いが大きくものをいう。だからもし安達氏出身の正室に男子が生まれたらその子が嫡男として遇されたはずだが、鎌倉幕府滅亡直前の段階でも彼女に男子はなく、9歳という幼年ながら既に元服を済ませており、名前も鎌倉幕府9代将軍・守邦親王の偏諱を受けたと考えられる邦時が家督継承権第一位の座にあったとみてよいだろう。

 北条氏の分家のひとつで、現存する最古の武家文庫として知られる金沢文庫で有名な金沢流北条貞顕が残した書状の中に、高時の男子誕生の様子を伝えたものがある。もしこの子が時行だとしたら彼は元徳元年(1329)12月ごろの生まれと推定され、幕府が滅亡した時には数え年で5歳となる。実年齢なら3歳、ほんのいとけない幼児だった。

 貞顕の書状に登場するこの「若御前」は北条一門出身で鶴岡八幡宮の別当を務める僧侶・有助の門弟の宿所に入ったという。時行にはいずれ有助の弟子として英才教育を受け、将来は鶴岡八幡宮別当に就任する人生が用意されていたのかもしれないと見られている。短期間で終わったが鎌倉幕府3代将軍・源実朝の時代にはその甥にあたる公暁が鶴岡八幡宮別当に就任したし、この物語よりさらに後の時代になるが鎌倉公方(鎌倉府の長)の弟がやはり八幡宮の僧侶を束ねる雪下殿と呼ばれる地位に就いている。邦時が執権として幕府の事実上の頂点に立ち、時行が鶴岡八幡宮の別当として鎌倉を宗教面から支える、そんな未来もあったかもしれない。

 しかしそれらはすべてifの物語である。足利尊氏の離反で故郷の鎌倉は炎に呑まれ、時行の穏やかな人生は崩れ去ってしまった。『太平記』では諏訪盛高が北条高時の弟である泰家に命じられ、幼い時行を母親から引き離して鎌倉から脱出したとする。

 鎌倉で北条一族が壮絶な自刃を遂げてまもなく、九州の御家人による攻撃を受けて鎮西(九州)探題も滅亡している。北条得宗家とその諸家が滅亡してからもしばらくは全国各地で後醍醐・足利氏の体勢に反発した武士や、幕府の残党が北条一族の生き残りを奉じて抵抗運動を展開した。しかしいずれも散発的なものに終わり、建武政権を脅かすには至らなかった。

『逃げ上手の若君』の物語が始まったころの時行は10歳にもならない幼子だった。北条得宗家の生き残りとして周囲から期待された少年は、やがて与えられた運命ではなく自らの意志で自らの人生を掴みとり、建武政権を揺るがす存在になっていくのである。