TikTok規制問題と米中デジタル化競争の本質

AI要約

米国がTikTokの米国内での配信を事実上禁止する法案を可決し、署名したことに対し、TikTokの親会社が訴訟を起こすなど混迷が続いている。

米国内のシンクタンクはTikTok問題について、そのリスクや対策について議論しており、広範なアプローチが必要であると指摘している。

さらに、米国内の研究者は、データプライバシーや国家安全保障上のリスクに関して、包括的な取り組みが求められると提言している。

TikTok規制問題と米中デジタル化競争の本質

 米国連邦議会は安全保障上の懸念があるとして「TikTok(ティックトック)」の米国内での配信を事実上禁止する法案を可決し、バイデン大統領は2024年4月24日同法案に署名した。この法律は、TikTok親会社である中国・字節跳動(バイトダンス)が6カ月以内にTikTokを売却しない限り、米アップルや米グーグルが運営するアプリストアがTikTokを提供することを禁止するというものである。

 これに対しバイトダンスとTikTokの米国内の運営会社は5月7日、新法が表現の自由を保障した米国憲法修正第1条に違反していることの確認と司法長官による法の執行中止命令を求める訴訟をワシントンの米連邦巡回控訴裁判所に起こした。

 訴状によると、新法はTikTok の「脅威」について明確に示されておらず、1億7000万人のユーザーを「黙らせる」ものだと批判。訴訟の決着には数年を要するとの見方もある。米国内では若年層を中心にTikTokの支持者は多く、トランプ前大統領がTikTok規制に反対を表明するなど、24年秋の大統領選に向けて予断を許さない状況だ。

 TikTokに対する規制は政治的な思惑に左右される面もあるが、本稿では「米中デジタル化競争」という切り口で、本質的な問題は何なのか、米国内の議論を参照しながら考察したい。

●米国のシンクタンクはTikTok問題についてどう論じているのか?

 TikTokのリスクや対策について米国のシンクタンク、大学などの研究者、メディアから多くの分析・論考が発表されている。TikTokによる経済的メリットや言論の自由など、TikTok規制に反対する論旨も少なくない。その中から、米国内での影響力が大きかったとされるシンクタンクのリポートを参照して、米国におけるTikTok問題の論点を見てみよう。

 まず、米戦略国際問題研究所(CSIS)の「TikTokを禁止しても、米国のオンライン偽情報問題は解決しない」 を取り上げる。

 CSISテクノロジー担当リサーチフェローを務めるケイトリン・チン氏は、TikTokと米中技術競争に関する一連のリポートで、TikTokをめぐる米国内の議論について次の認識を示している。 TikTok禁止案の支持者は2つの一般的な懸念を挙げている。1.TikTokの親会社バイトダンスが中国に拠点を置いているため、中国政府が米国の個人情報にアクセスする可能性がある。2.中国政府がTikTokのコンテンツ推薦アルゴリズムをコントロールし、米国ユーザーにプロパガンダや偽情報を流す。しかし、これらの懸念について事実であることを裏付ける直接的な証拠はまだない。 データ保護については、他の多数の米国モバイルアプリが個人情報(デバイスの識別子、地理的位置情報、顔や声紋など)を収集しており、それを海外に転送することへの法的制限がほとんどない状況において、TikTokのみを禁止する意味は乏しい。 米国企業が運営するプラットフォーム上でも偽情報が拡散するインフラが整っているため、2つ目の懸念について、仮にTikTokを米国企業による所有としても、米国のネット上の偽情報問題は解決しない。米国にはソーシャルメディア企業がどのように個人情報を収集・共有し、無報酬のコンテンツや有料広告を促進するアルゴリズムを構築し、有害なコンテンツや偏向的なコンテンツにフラグを立てるかに関する法的規制がほとんど整備されていない。

 チン氏は、以上のような認識を述べた上で、データプライバシーや偽情報に対処するには、TikTokのような特定のプラットフォームをターゲットにするのではなく、TikTokを含むすべての企業に対して、アプリのプライバシー、セキュリティ、透明性ポリシーに関する説明責任メカニズムを強化する、また、有害なコンテンツの拡散を増幅させる可能性のある方法で個人情報を使用する方法を制限するデータエコシステム全体にわたる包括的なルールを確立するなど、より広範なアプローチが必要であることを提起している。

 次に取り上げるリポートは、米ブルッキングス研究所「ファーウェイとTikTokを越えて:中国ハイテク企業とデジタル・セキュリティに対する米国の懸念を解く」 。

 米イェール大学ロースクール法学上級研究員のポール・ツァイ中国センター事務局長はブルッキングス研究所への寄稿で、ファーウェイやTikTokといった個別企業に焦点を当てて国家安全保障上のリスクを論じることの危険性を指摘した上で、TikTokのケースから、人工知能(AI)など新興テクノロジーに内在するリスクと、中国の統治システムの性質に関連するリスクについて分析している。

 そして、(a)包括的な連邦データプライバシー法の制定、(b)米国の同盟国やパートナーとのデジタル貿易アジェンダの推進、(c)米国のサイバーセキュリティ責任体制の合理化、(d)悪意のあるハッカーに払わせるコストの増加、(e)国内及び国際的な次元での政府における政策調整メカニズムの改善、の5点を提言している。