ミスコン受賞したインフルエンサー、WEB独学で起業→モデル卒業→日本IBM正社員に「母の影響です」

AI要約

石川真衣さんは、ミス・コンテスト『FRESH CAMPUS CONTEST』のグランプリであり、大手IT企業に就職しながらインフルエンサーとしても活動する忙しい23歳。

彼女は、起業家としてウェブ制作に関するサービスを提供する会社を立ち上げ、IT企業での仕事と並行しながら進めている。

母親の影響でIT企業に就職を決め、忙しいが充実した日々を送っている石川真衣さんのこれからに期待が高まる。

ミスコン受賞したインフルエンサー、WEB独学で起業→モデル卒業→日本IBM正社員に「母の影響です」

 多くの局アナやタレントを輩出してきたミス・コンテスト『FRESH CAMPUS CONTEST』(通称フレキャン)。2020年大会でグランプリを獲得した石川真衣さんは、今年5月放送のテレビ東京系『家、ついて行ってイイですか?』で“人生100倍楽しむ人達”として紹介された。今春、立教大を卒業して大手IT企業に就職し、学生時代に立ち上げた会社の経営とインフルエンサーの三刀流。アクティブな毎日を送っている。芸能界の扉も開いたが、一般企業で働く道を選んだ理由には、女手ひとつで育ててくれたキャリアウーマンの母親の存在があったという。そんな23歳が、コンテストをきっかけに見つけた本当の自分について語った。(取材・文=福嶋剛)

――『家、ついて行ってイイですか?』では「“玄関からゾロゾロ男が! 謎すぎる家に住む三刀流女子”」として紹介され、SNSでも注目されました。

「あれはちょうど大学卒業式の日で、家に帰ると自宅兼オフィスで働いているインターン生の男子学生たちがゾロゾロと部屋から出てきたので、ちょっと怪しい感じの紹介でしたね(笑)」

――大学を卒業して大手IT企業に就職されたそうですね。

「モデル活動(Ray専属読者モデル)は卒業して、インフルエンサーとしての活動は続けています。現在の肩書きとは、日本アイ・ビー・エムの正社員で、インフルエンサー兼起業家という感じです。『就業時間外であれば、副業も問題なし』という個々の強みをとても大切にしてくれる会社なんです」

――具体的にどんな仕事を。

「大手の銀行さんや企業さんのメインフレームなどを扱うテクニカルセールスという技術職寄りの営業職です。つい先日、研修が終わったばかりなので具体的にはこれからです」

――三刀流を続けるのは大変なのでは。

「研修期間中は会社優先になりましたけど、就業時間外の早朝と夜に私の会社の仕事をやって、土日はインフルエンサーとしてイベントに出演したり、空いている時間を有効活用しながら進めています。よく『自分の時間が無くて辛くない?』って聞かれるんですが、もともと働くことが好きな家系で、私もプライベートと仕事の境目がないんです。だから、仕事をしていない時の方がソワソワしちゃうんです。でも、睡眠はしっかり取っているので健康ですよ(笑)」

――起業した会社の仕事内容は。

「ウェブに関するさまざまな技能を身に付けたい人とその技能を教えたい人をクラウド上でマッチングさせる副業支援サービスです。例えば、空いた時間を利用してウェブのデザインやホームページの制作を学びたいという人と同じく、空いた時間で講師として教えたいという人をクラウド上でつなげてあげる。そのことで、全国どこでも自宅にいながら学べるサービスを提供できます。先日、HPをオープンして事業をスタートしたばかりです」

――もともと、ITは得意でしたか。

「全く得意じゃなくて、むしろ苦手でした。大学2年の終わりに友人がウェブ制作会社を起業することになり、『学生のうちに真剣に取り組めることをやりたい』と思って、私も参加しました。入ってすぐに受注した案件の制作を任され、独学で勉強をしながらやっているうちに、少しずつですが覚えていきました」

――起業してみて。

「友達の会社を離れていざ自分で会社を立ち上げてみると、正直、苦戦の連続というか、挫折を繰り返しながら前に進んでいるという感じです。私自身、就職したので社員とマネジメントのバランスを取ることも大切になってきていますし、とにかく、今はサービス開始に向けてインターン生たちと頑張って準備しています」

――IT企業に就職しようと思った理由は。

「一番は母の影響です。私は一人っ子で、幼稚園から高校までエスカレーター式で進み、1人でコンビニに行くことさえ許されないような箱入り娘の家系で育ちました。両親は大手企業で働く忙しい毎日だったので、幼い頃から祖父母に預けられ、時々、両親と会う生活を送っていました。ところが、小学生の時に離婚。母が必死に働いて私を育ててくれました。母はIT企業のキャリアウーマンで、一緒に過ごす時間は月に1回くらい。でも、その1回が私にとって一番の幸せな時間でした。誰よりもおしゃれでカッコいい存在なので、小学校の文集には『将来の夢はお母さんみたいにIT企業で働くこと』と書きました。すると、先生に『夢がない』と言われ、ムッとした思い出があります(笑)」