中山秀征、確執が噂された今田耕司との仲を語る「僕がお酒を注ごうとしたら、“”結構です”って(笑)」

AI要約

中山秀征がABブラザーズ解散後、ピンのテレビタレントとして活躍する決意をし、様々な番組に出演するも視聴率は伸び悩んでいた。

苦労したが、真剣に楽しく遊ぶように見える方法を模索し、ようやく再び人気と仕事が舞い戻ってきた。

テレビ業界で成功するために、常に自己革新し続ける中山秀征の姿勢が窺える。

中山秀征、確執が噂された今田耕司との仲を語る「僕がお酒を注ごうとしたら、“”結構です”って(笑)」

 40年以上にわたり、バラエティ番組や情報番組のMC、俳優、歌手として、テレビの第一線で活躍している中山秀征。人気のきっかけは松野大介と結成していたコンビ『ABブラザーズ』で、当時は中高生から絶大な人気を誇っていた。そんな彼がテレビタレントになるに至った「THE CHANGE」とはーー。【第2回/全2回】

 松野大介さんと組んでいた『ABブラザーズ』は人気になり、17~18歳で休日ゼロのハードながらも充実した日々を送っていましたが、ABブラザーズとして絶頂の時間は長くは続きません。いわゆる「お笑い第三世代」ーー『ウッチャンナンチャン』、そして関西から『ダウンタウン』が登場するんです。

 昨日まで僕らにキャーキャー言っていたファンの目線が、第三世代に移っていくのを肌で感じるんです。そして、僕が20歳の頃には「ABブラザーズはもう古い」って言われるようになりました。

 そもそも、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンは、学生時代からお笑いを目指していたコンビ、僕らは事務所で作られたコンビで、お互い目指すものが違っていました。志が最初から違ったんですよね。確かにこれは勝てないと自分も納得して、そこからは、コンビではなく、ピンのテレビタレントとして生きていく決意をします。

 テレビの仕事は激減していましたが、とりあえず、なんでもやっていこうというスタンスで仕事を続けていくと、日テレで『DAISUKI!』『TVおじゃマンボウ』などの番組が始まったりして、気づけば25歳でレギュラーは14本になってました。うれしいことに、再び忙しい生活を送ることになります。

 でもたぶん、当時の僕の番組って、ただ遊んでいるだけに見られてしまっていたんですね。松本明子さん、飯島直子さんとのロケ番組『DAISUKI!』は特にそう。何も考え

てなかったら視聴率もとれないし、ヒットするはずもないんですよ。どうやったら楽しく遊んでいるように見えるかを真剣に考えていたのに、なかなか分かってもらえませんでした。