バラエティーの新女王「神田愛花」がとらわれていた“怒り”とは? 「ほかのアナウンサーへの嫉妬があった」

AI要約

神田愛花さんはNHKアナウンサーから転身し、バラエティー番組で活躍するまでの苦労や葛藤を語っている。

NHKを離れ、フリーアナウンサーになった理由やバラエティー番組での新たな姿について語っている。

バラエティーの仕事に慣れるまでの過程や、周りのサポートによって自分らしく活躍できるようになった経緯を明かしている。

バラエティーの新女王「神田愛花」がとらわれていた“怒り”とは? 「ほかのアナウンサーへの嫉妬があった」

 元NHKアナウンサーながら、その独特な視点や珍回答でバラエティー番組を席巻しているタレントの神田愛花さん(44)。7月8日にエッセー本『王道っていう道、どこに通ってますか?』(講談社)を出版した。フリー転身後も順風満帆にみえるが、実は、元NHKアナというイメージを打ち破り、一気に“バラエティー界の新女王”に上りつめるまでには、かなりの苦難と葛藤があったという。ブレークした今でも「私にバラエティーの仕事は向いていない」と断言する神田さんが見つけた、芸能界での“生き残り策”とは――。

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――2012年にNHKをやめてフリーアナウンサーに転向した理由はなんですか?

 きっかけは、東日本大震災でした。渋谷の放送センターで働いていた私の仕事は、Eテレの非常用チャンネルで、被災者のみなさんからのメッセージを伝えること。アナウンサーたちは1時間ごとに交代しながら24時間態勢で伝言を読むのですが、「○○ちゃん生きてますか、連絡ください」といった内容ばかりでした。そのとき、普通に生活していても、明日がすぽーんってなくなっちゃうこともあるんだと強く認識しました。

 当時のNHKでは、帯の報道番組は視聴者や現場のみなさんの信頼を得た40代くらいのアナウンサーが担うもの、という暗黙のルールがありました。私には、安藤優子さんのような帯番組のキャスターになる目標があるのですが、そのときはまだ30歳くらい。震災を機に、明日生きているかわからないなら、このままNHKで10年頑張るより、少しでも多く仕事ができてチャンスも広がるフリーになりたいと思いはじめたんです。

――バラエティー番組で活躍する現在の姿は想像していましたか?

 いえ、まったく(笑)。NHK時代は、最終的には会長になりたいと思っていたくらいNHKを愛していたので、やめてからも「元NHKアナウンサー」という肩書が自分の一番の売りだと考えていましたし、プライドでもありました。ですから、タレントのお仕事なんてできないし、するべきでもないと思っていたんです。

 でも、それは勘違いでした。NHKではいろいろなお仕事をやらせてもらっていたほうでしたが、いざ外に出たら、スタッフさんも視聴者さんも私のことなんて知らない人ばかり。毎週ゲストが入れ替わるバラエティー番組のオファーはあっても、レギュラーメンバーで回す報道のお仕事なんて来るはずがないですよね。

 だから、まずはいただいたお仕事は全部引き受けて、一つひとつ丁寧に取り組もう。そうやって現場のみなさんの信頼を得て、名前を知ってもらうことを積み重ねていかなきゃと思いました。

■NHKっぽく演じていた過去

――バラエティーの仕事を始めて、壁にぶつかったことは?

 最初は、お仕事が全然つながりませんでした。NHKっぽさが自分の役割だと思っていたので、すごく丁寧にしゃべるようにしていたし、「イェイ!」とか「フゥー!」とか言うこともなく。ちゃんと座って、クイズもちゃんと答えて。

 そんななか、私が真面目に考えたクイズの解答が周りのみなさんからすると変な答えだった、ということがたまにあって、そこがよく放送で使われることに気づくんですよ。NHKっぽく演じるよりも、本当に自分が思ったことを言うほうが、元NHKという肩書とのギャップのせいか、面白がっていただけるみたいでした。

 でもそれは、共演者のみなさんが私をイジってくださり、あたかも面白い人間であるかのように仕立ててくださるからです。本来、私にバラエティーの仕事は向いていないので、今も苦手意識はありますし、もがいています。