米軍が日本軍を「三流の兵隊」呼ばわりした理由…米軍が日本兵捕虜から得ていた情報

AI要約

日本兵が対米戦争に対してどのように考えていたかについて明らかにされる。

5年間の服役で帰国できるという希望や恥の感情が、降伏をためらう主な要因だった。

日本兵は映画やアメリカ文化に強い影響を受けており、実際には親米であったことが示唆される。

米軍が日本軍を「三流の兵隊」呼ばわりした理由…米軍が日本兵捕虜から得ていた情報

敵という〈鏡〉に映しだされた赤裸々な真実。

日本軍というと、空疎な精神論ばかりを振り回したり、兵士たちを「玉砕」させた組織というイメージがあります。しかし日本軍=玉砕というイメージにとらわれると、なぜ戦争があれだけ長引いたのかという問いへの答えはむしろ見えづらくなってしまうおそれがあります。

本記事では、日本陸軍兵士たちが対米戦争についてどう考えたかについて、くわしくみていきます。

※本記事は一ノ瀬俊也『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』から抜粋・編集したものです。

『日本軍と日本兵』第二章では、米軍のみた日本陸軍兵士(捕虜となった者も含む)の精神や意識のかたちについて、士気や死生観、そして性の問題にも注目しつつ考えていきたい。兵士たちはこの対米戦争の行く末をどう考えていたのだろうか。先にとりあげた元捕虜の米軍軍曹は、IB(Intelligence Bulletin『情報公報』米陸軍軍事情報部が1942~46年まで部内向けに毎月出していた戦訓広報誌)1945年1月号「日本のG.I.」で日本兵たちの言動を次のように回想している。

日本兵は5年間服役すれば日本に帰ってよいと言われている。5年の服役を終えて帰国する日本兵の一団をみたことがある。彼らは幸運にも戦争から抜けられるのを非常に喜んでいた(今や80パーセントの日本兵が戦争は苦痛で止めたいと思っている、しかし降伏はないとも思っている)。1943年に私が出会った日本兵は完全に戦争に飽いていた。彼らは熱帯を呪い、家に帰りたいと願っていた。ある者は東条〔英機首相〕を含めた全世界の指導者に棍棒を持たせて大きな籠の中で戦わせ、世界中の兵士たちはそれを見物したらいいと言った。

日本兵は降伏しようとしてもアメリカ軍に殺されると教えられているが、私のみるところ、それは降伏をためらう主要な理由ではない。恥(shame)が大きな影響を与えている。都会の日本兵は映画のおかげで親米(pro-American)である。皆お気に入りの映画スターがいて、クラーク・ゲーブルやディアナ・ダービンの名前がよくあがった。私がアメリカで買える物を教えてやると彼らは驚いたものだ。むろん田舎者は信じようとしなかったが、都会の者は熱心に聞いていた。

日本軍の最初の一団はアメリカへ行くものと確信していたが、1942年11月、南西太平洋に出発する前にはこの戦争は百年戦争だと言われ、そう信じていた。

日本軍の最後の一団は戦争に勝てるかどうか疑っていた。日本の市民の何人かは、日本はもうだめだと言った。彼らは生命の危機を案じ、日本陸軍が撤退して置き去りにされたら占領地の住民に皆殺しにされるのではないかと怯えていた。

日本兵たちの多くは「百年戦争」と教えられた戦争を倦み呪っていたこと、同じ日本兵にも都会と田舎では相当の文化的格差があり、特に前者は本当のところ「親米」であったことがわかる。ディアナ・ダービンは1938年正月に主演映画『オーケストラの少女』が日本で公開された人気女優で、若き日の田中角栄は翌39年に徴兵で陸軍に入った際、彼女のブロマイドを隠し持っていたのを上官に見つかり殴られたそうである(戸川猪佐武『田中角栄猛語録』1972年)から、軍曹の話は不自然ではない。

軍曹の見た日本兵たちは確かに「望みは世界を征服して支配民族になること」であり、「我々を打ち負かした後はロシアを取り、続いてドイツと戦うのだと言っていた」(前掲「日本のG.I.」)。しかしその一方で前出の映画に象徴されるアメリカ文化の強い影響下にあり、「親米」でもあった。

これは、対米戦争当初の日本にはアメリカ人に対する蔑称らしいものがなく「鬼畜米英」が盛んに叫ばれるのは44年に入ってから、つまり実際には対米戦意が高いとはけっしていえなかったという、現代の歴史研究者の指摘を裏書きする(前掲吉田裕『シリーズ日本近現代史6 アジア・太平洋戦争』2007年)。引用文中の「日本の市民」とは移民などで現地にいた在留邦人を指すか。

米軍軍曹は戦地の日本兵たちの娯楽について「映画(初期の勝利を宣伝官が観せている)も、古いアメリカの映画もある。日本兵はアメリカの唄と踊り付きミュージカルコメディをみると熱狂する」とも語っている。戦地ですら日本軍兵士が敵米国製映画に「熱狂」していたとの証言は、彼らの「対米戦争観」の内実を考えるうえできわめて興味深い。