【平和への誓い全文】「色鮮やかな日常を守り、平和をつくっていく」

AI要約

広島市で行われた原爆の日の平和記念式典で、加藤晶さんと石丸優斗さんが平和への誓いを読み上げました。

加藤晶さんと石丸優斗さんは、被爆から79年後の広島の平和への思いを共有しました。

式典では、過去の惨劇と平和の大切さについて語られ、世界中での平和への取り組みが呼びかけられました。

【平和への誓い全文】「色鮮やかな日常を守り、平和をつくっていく」

 広島は6日、被爆から79年の原爆の日を迎えた。広島市の平和記念公園で開かれた平和記念式典で、広島市立祇園小学校6年の加藤晶さんと同市立八幡東小学校6年の石丸優斗さんが「平和への誓い」を読み上げた。

■平和への誓い全文

 目(め)を閉(と)じて想像(そうぞう)してください。

 緑(みどり)豊(ゆた)かで美(うつく)しいまち。人(ひと)でにぎわう商店街(しょうてんがい)。まちにあふれるたくさんの笑顔(えがお)。

 79年前(ねんまえ)の広島(ひろしま)には、今(いま)と変(か)わらない色鮮(いろあざ)やかな日常(にちじょう)がありました。

 昭和(しょうわ)20(1945)年(ねん)8月(がつ)6日(か) 午前(ごぜん)8時(じ)15分(ふん)。

 「ドーン!」という鼓膜(こまく)が破(やぶ)れるほどの大(おお)きな音(おと)。

 立(た)ち昇(のぼ)る黒(くろ)みがかった朱色(しゅいろ)の雲(くも)。

 人(ひと)も草木(くさき)も焼(や)かれ、助(たす)けを求(もと)める声(こえ)と絶望(ぜつぼう)の涙(なみだ)で、まちは埋(う)め尽(つ)くされました。

 ある被爆者(ひばくしゃ)は言(い)います。あの時(とき)の広島(ひろしま)は「地獄(じごく)」だったと。

 原子爆弾(げんしばくだん)は、色(いろ)鮮(あざ)やかな日常(にちじょう)を奪(うば)い、広島(ひろしま)を灰色(はいいろ)の世界(せかい)へと変(か)えてしまったのです。

 被爆者(ひばくしゃ)である私(わたし)の曽祖母(そうそぼ)は、当時(とうじ)の様子(ようす)を語(かた)ろうとはしませんでした。

 言葉(ことば)にすることさえつらく悲(かな)しい記憶(きおく)は、79年(ねん)経(た)った今(いま)でも多(おお)くの被爆者(ひばくしゃ)を苦(くる)しめ続(つづ)けています。

 今(いま)もなお、世界(せかい)では戦争(せんそう)が続(つづ)いています。

 79年(ねん)前(まえ)と同(おな)じように、生(い)きたくても生(い)きることができなかった人(ひと)たち、

 明日(あす)を共(とも)に過(す)ごすはずだった人(ひと)を失(うし)った人(ひと)たちが、この世界(せかい)のどこかにいるのです。

 本当(ほんとう)にこのままでよいのでしょうか。

 願(ねが)うだけでは、平和(へいわ)はおとずれません。

 色(いろ)鮮(あざ)やかな日常(にちじょう)を守(まも)り、平和(へいわ)をつくっていくのは私(わたし)たちです。

 一人一人(ひとりひとり)が相手(あいて)の話(はなし)をよく聞(き)くこと。

 「違(ちが)い」を「良(よ)さ」と捉(とら)え、自分(じぶん)の考(かんが)えを見直(みなお)すこと。

 仲間(なかま)と協力(きょうりょく)し、一(ひと)つのことを成(な)し遂(と)げること。

 私(わたし)たちにもできる平和(へいわ)への一歩(いっぽ)です。

 さあ、ヒロシマを共(とも)に学(まな)び、感(かん)じましょう。

 平和(へいわ)記念(きねん)資料館(しりょうかん)を見学(けんがく)し、被爆者(ひばくしゃ)の言葉(ことば)に触(ふ)れてください。

 そして、家族(かぞく)や友達(ともだち)と平和(へいわ)の尊(とうと)さや命(いのち)の重(おも)みについて語(かた)り合(あ)いましょう。

 世界(せかい)を変(か)える平和(へいわ)への一歩(いっぽ)を今(いま)、踏(ふ)み出(だ)します。

令和(れいわ)6(2024)年(ねん)8月(がつ)6日(か)

こども代表(だいひょう)

広島(ひろしま)市立(しりつ)祇園(ぎおん)小学校(しょうがっこう)6年(ねん)   加藤(かとう)晶(あきら)

広島(ひろしま)市立(しりつ)八幡(やはた)東(ひがし)小学校(しょうがっこう)6年(ねん)  石丸(いしまる)優斗(ゆうと)