なぜ「日本兵1万人」が消えたままなのか…硫黄島は「風化の条件が揃った島」であるという現実

AI要約

硫黄島でなぜ1万人もの日本兵が行方不明なのか、その理由として遺骨の風化が挙げられる。沖縄との比較や土壌、雨、住民の有無、火山活動などが風化に影響している。

ノンフィクション『硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ』で、硫黄島に4度も上陸し、日米の機密文書を調査した内容が話題を呼んでいる。民間人の上陸が原則禁止された硫黄島について持ち前の好奇心を活かすべく行動する人物たちの物語。

影山教授が、自ら遺骨収集現場に参加する理由は、叔父が硫黄島で戦死した遺族であるから。利他的な行動や専門知識を提供し、遺骨の風化問題などに光を当てる。

なぜ「日本兵1万人」が消えたままなのか…硫黄島は「風化の条件が揃った島」であるという現実

なぜ日本兵1万人が消えたままなのか、硫黄島で何が起きていたのか。

民間人の上陸が原則禁止された硫黄島に4度上陸し、日米の機密文書も徹底調査したノンフィクション『硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ』が11刷決定と話題だ。

ふだん本を読まない人にも届き、「イッキ読みした」「熱意に胸打たれた」「泣いた」という読者の声も多く寄せられている。

遺骨収集団は、日を追うごとに団結力が増していく。過去2回も今回もそうだ。炎天下の野外や、地熱に満ちた地下壕で、土木作業に不慣れな人々による作業を安全に進めるためには、30分に一度の休憩は必要だった。団員は高齢者が中心という実情もあるが、40代の僕もこの休憩はありがたいと思うほど、作業は大変だった。この休憩時間は、団員間の歓談の時間でもある。それが絆を日増しに太くしている一因に思えた。

その休憩時間のたびに、僕が話しかけた人物がいる。その人は作業要員ではなかった。作業要員ではないから作業に加わらなくても良かった。しかし、遺骨収集現場でその人を見ると、ある時は収集団員と一緒に全身、土まみれになって地面を掘っていた。ある時は、汗だくになりながら土砂を運ぶバケツリレーの列に入っていた。

その人は、日本歯科大学の影山幾男教授。厚労省が、遺骨の鑑定人として収集現場に派遣する専門家の一人だ。鑑定人は、収容された遺骨を分析して、重複する骨の数や発見時の状況などから、遺骨の人数を判定することなどが主な役目だ。

にもかかわらず、影山教授は多くの時間、現場の団員の輪の中にいた。だからあるとき、理由を聞いた。

「私も遺族の一人なんです。叔父が硫黄島で戦死しました」。それが答えだった。

笑顔が絶えず、明るく弾んだ話し方をする人だったが、この時の声は神妙だった。所属する日本人類学会を通じて、厚労省が鑑定人の確保に苦心していることを知り、協力することにしたのだという。僕はすっかり興味を引かれ、休憩時間によく話しかけた。休みたい時もあったと思うが、いつも笑顔で対話に応じてくれた。

僕はかねてから、人骨の研究者から教えてもらいたいことがあった。それをある日の休憩時間に尋ねた。

「硫黄島では1万人が未だに見つかっていません。見つからない理由の一つとして挙げられるのが『風化』です。どれぐらいが土に還ってしまったと推測しますか」

影山教授は「結論を言うと、それは分からない、ですね」と前置きした上で、こう指摘した。

「ただ言えることは、硫黄島は、遺骨が風化する条件が揃った島だということです。具体的に言うと、土壌の影響を受け、雨の影響を受け、発掘する人がいない、ということです。遺骨収集数が格段に進んでいる沖縄と比較すると分かりやすいです。例えば土壌。硫黄島は酸性ですが、沖縄はアルカリ性の土壌も広く分布している。骨が触れると風化するのは酸性の土壌です。沖縄には住民がいることも大きいです。だから、遺骨の風化が進んでいない時代から遺骨収集を進めることができました。硫黄島は戦後、今に至るまで住民がいません。戦後すぐに島民の帰還が認められれば現状は大きく違ったでしょう。雨の影響とは、雨の酸成分のことです。酸成分に触れるほど風化は進みます。これは沖縄とも共通することですが、硫黄島は、大量の雨がもたらされる台風ルートに位置します。もう一つ加えるならば、火山活動による地熱の影響もあるでしょう。実のところ、人骨の風化に関する研究論文を私は見たことがありません。今後、研究が進み、どれだけの遺骨が現存しているのか少しでも解明に近づくことが期待されます」