「苦労なしに幸せな生活なし」…故郷の思い出を語るうえで浮き彫りになった中国人移民に共通する「開拓精神」と「価値観」

AI要約

中国人経営の中華料理店が世界各地に広がっている背景を描いた物語。

中国人移民の開拓精神や家族重視の姿を通して、異国での中華料理店経営にかける情熱が描かれる。

物語を通じて、拡散した中国人コミュニティの歴史やアイデンティティに迫る。

「苦労なしに幸せな生活なし」…故郷の思い出を語るうえで浮き彫りになった中国人移民に共通する「開拓精神」と「価値観」

 北米中華、キューバ中華、アルゼンチン中華、そして日本の町中華の味は? 北極圏にある人口8万人にも満たないノルウェーの小さな町、アフリカ大陸の東に浮かぶ島国・マダガスカル、インド洋の小国・モーリシャス……。 世界の果てまで行っても、中国人経営の中華料理店はある。彼らはいつ、どのようにして、その地にたどりつき、なぜ、どのような思いで中華料理店を開いたのか? 

一国一城の主や料理人、家族、地元の華人コミュニティの姿を丹念にあぶり出した関卓中(著)・斎藤栄一郎(訳)の

『地球上の中華料理店をめぐる冒険』。食を足がかりに、離散中国人の歴史的背景や状況、アイデンティティへの意識を浮き彫りにする話題作から、内容を抜粋して紹介する。 『地球上の中華料理店をめぐる冒険』連載第16回

 『「アル・カポネ」の潜伏場所は中国人労働者によって作られていた!? …「壮絶な中国人排斥」が生んだ「秘密の地下道」』より続く

 クォイの父親は、中国が共産主義国家となる前年の1948年にやはりペーパー・サンとして台山を後にしている。そして、カナダで“書類上の父”と合流した。

 この人物が20世紀初頭のカナダ入国に際して義務付けられていた人頭税を払ってくれたという。7年後、クォイの父は十分な貯金を手に故郷の家族を訪ねる。

 家族も中国大陸を脱出して、香港に逃げ込んでいた。クォイの父が香港に滞在したのは1年だけだが、その間に、長男が誕生する。

 それがクォイだ。クォイは9歳のときにカナダに渡り、父親と一緒に暮らすことになった。もっとも、本人は父親の顔も知らない状態だった。

 クォイとジムの人生は不気味なほどによく似ている。それもあって同郷の絆が生まれたのだろう。今回の墓地への寄り道がきっかけで、この2人がずっと押し殺してきたさまざまな感情があふれ出したのではないか。

 町に戻る途中で、地下道見学のチケット売り場の隣にあるナショナル・カフェ・オン・メインストリートという店に立ち寄った。

 創業55年になるレストランで、オーナーはタップ・クワン(関栄楫)。フォンの妻メイの親戚に当たる。

 ニュー・アウトルック・カフェやモダン・カフェよりはるかに大きな店舗で、2つのフロアに180席もある。

 コーヒーを飲みながら、ジムとフォンが中国人移民に共通する開拓精神や家族重視の価値観について、思い出を交えて語り出した。フォンは「どんな家庭に育とうと、一家そろって働く」と言う。

 「あのね。店で何か切らしていても、いつでもこいつから借りられるんだ」

 そう言いながらジムがフォンを指差す。

 「ある朝、こいつの店のコーヒーマシンが壊れちゃってね。うちにコーヒーを取りに来たこともある。ライバルじゃない。同じ家族なんだよ」

 フォンが確かめるように語る。

 「みんな一生懸命働く。『苦労なしに幸せな生活なし』ってね」

 「勤勉で死にはしないよ」

 ジムもエンジンがかかってきた。

 「楽しんで仕事ができるなら、いくらもらえるかは大きな問題じゃないんだ。立派な大企業でいくら給料が良くても、楽しんで働けないなら辛いだけ。そのうち胃潰瘍になるさ」

 「神を信じますか」

 ふとそんな質問が口をついて出た。フォンが含み笑いを浮かべている。

 ジムはそれまでと打って変わり「わからないね」と真剣な表情で答えた。

 「そういうときもあるし、そうじゃないときもある。でも霊魂の存在は信じているよ。口から出てくる言葉は自分の魂がやっていることなんだ。

 肉体は単なる車みたいなもので誰かが動かしている。ガソリンや運転手がいなきゃ動かないからね。僕らが歩くのも考えるのも自分の魂がやっていることだよ。自分の霊魂さ」

 『「いつもこれを注文していたよ」25年ぶりの客を忘れることなく歓迎した店主を送る最期の宴会』へ続く