自賠責紛争処理機構が行っていた「被害者切り捨て」、違法行為を改めさせた弁護士の戦い(後編)

AI要約

自賠責保険・共済紛争処理機構が被害者に不利益を与える運用を行っていた事実が発覚し、裁判によって是正された経緯がある。

紛争処理機構は設立当初の理念から逸脱し、被害者の新証拠さえも受け入れない「被害者切り捨て」の運用になっていたが、青野弁護士の訴訟によって改善が促された。

2024年に裁判で和解が成立し、紛争処理機構は運用の改善を約束し、被害者への対応を向上させる方針を示した。

 交通事故の被害者を保護、救済することを目的に組織された「自賠責保険・共済紛争処理機構」が、約10年前から「違法」ともいえる運用で被害者に不利益を与えていたことが発覚した。それに気づき、裁判まで起こして是正させた札幌の青野渉弁護士に、この1年の闘いと、損保業界の変わらぬ払い渋り体質について、自賠責保険問題の追及を続けるジャーナリスト・柳原三佳が聞いた。

 (*「前編」はこちら)

■ いつの間にか失われていた設立当初の理念

 柳原 紛争処理機構と言えば、交通事故の被害者を保護、救済するために作られた組織です。にもかかわらず、法を無視し、被害者が再審査すらしてもらえず不利益を被っていたとすれば大問題ですね。

 青野 おっしゃるとおりです。紛争処理機構は、2001(平成13)年、自賠法(自動車損害賠償保障法)の改正にともなって設立されました。

 そのきっかけのひとつとなったのは、柳原さんが『週刊朝日』(朝日新聞社)で連載された記事でした。「被害者救済のために作られた自賠責保険なのに、その査定が加害者(損保会社)寄りで、証拠が精査されておらず、被害者にとって不利な運用がなされている」という告発は、当時、社会問題化され、結果的に法改正までこぎつけました。

 その意味で私は、紛争処理機構の“生みの親”は、柳原さんだと思っています。国土交通省に宛てた「行政処分の求め」にも、そのことを明記しました。

 柳原 そのように言ってくださり、恐縮です。

 私が「こんな自賠責保険ならいらない」という告発ルポを『週刊朝日』に連載したのは1997年のことでした。一連の記事が出てまもなく、当時の運輸省(現・国土交通省)が自賠責の査定方法を改善するよう通達を出し、その後、わずか3年で自賠法の改正につながっていったときは自分でも驚きました。

 青野 あのとき立ち上げられた紛争処理機構は、「被害者のために充実した調査を行い、事実認定を適正化する」という謳い文句のもとで業務をスタートさせました。新証拠の受理はもちろん、紛争処理業務規程には「申請者の申出があれば、本機構が独自の鑑定等を実施する」とまで明記されています。

 ところが、当初の理念はいつの間にか消滅し、ついには、被害者の出す新しい証拠すら受け付けない、という「被害者切り捨て」ともいえる運用になってしまったため、何としても元に戻さなければならないと思ったのです。

■ 裁判で和解、こちらの主張は全面的に受け入れ

 柳原 それで、青野先生ご自身が原告となって紛争処理機構を相手に提訴されたわけですね。裁判の結果はどうだったのですか。

 青野 2024年4月24日、札幌地方裁判所民事第1部で和解が成立しました。

 被告(紛争処理機構)側が、「機構の運用は、業務規程の解釈として無理があり、被害者への対応として不十分だった」と認めたうえで、「今後はその運用を廃止し、二度と再開しない」と約束し、裁判長からも「全て青野弁護士の言うとおりに運用が改善されたので、和解をしてはどうですか」と勧告がありましたので、和解に応じることにしました。

 「新証拠を審査の対象としない運用」は、2013年11月6日にはじまり、2023年8月1日からは、「新証拠も審査の対象とする運用」に変更したとのことです。