「きっかけは些細なことだった」難関小学校で起きた徹底的ないじめ…小5の女子児童を苦しめた“母親の影響”とは

AI要約

ノンフィクション作家の菅野久美子さんが実の母親から受けた虐待について描かれた本『母を捨てる』の一部。高学年になった頃から激しいいじめが始まり、母親から女性性を否定される苦悩が続く。

母は女性を憎悪し、その影響で菅野さんも女性である自身を受け入れられない状況に置かれる。母の女性性に対する偏見は、母の生い立ちや家族環境に起因する可能性も示唆される。

母からの虐待や女性性への否定に苦しむ中、菅野さんは徐々に母からの束縛を断ち切るための決意を固めていく。

「きっかけは些細なことだった」難関小学校で起きた徹底的ないじめ…小5の女子児童を苦しめた“母親の影響”とは

〈「お母さん、やめて!」泣き叫ぶ10歳の娘に包丁を振り回して…父親が家を出た後、母親の身に起きた“恐ろしい変化”〉 から続く

 幼少期より実の母親からあらゆる虐待を受けていた、ノンフィクション作家の菅野久美子さん。『 母を捨てる 』(プレジデント社)は、母親の呪縛から逃れるため人生を賭けて「母を捨てる」までの軌跡を描いた壮絶な一冊だ。ここでは本書より、一部を抜粋して紹介する。

 小学校高学年に上がると、母親が選んだ服装などを理由に、クラスメイトからの残酷な“いじめ”が始まって――。(全4回の3回目/ はじめ から 読む)

◆ ◆ ◆

 小学校高学年になると、私の環境はめまぐるしく変化した。その頃から、激しいいじめがはじまったのだ。よく考えてみれば、私は昔からクラスメイトの中でもっとも浮いた存在だった。今思うと、私自身が一種の異様さを醸し出していたと思う。

 男の子用の短パンに、親戚の男の子のおさがりのよれよれロングTシャツ、そしてスポーツ刈り――。それが、私の小学生時代のデフォルトだった。

 それは今振り返ると、母親がミソジニーの塊であったからではないか、とふと気づかされる。ミソジニーとは女性に対する憎悪や嫌悪を指す用語で、女嫌いとも言う。男性だけでなく、女性が抱くこともある。

 母は私に、「女の子」であることをけっして許さなかったのだ。そして、その芽を徹底的に摘み取っていた。

 母の口癖は、「女なんて汚い生き物だから」「女なんて、すぐ裏切るから」――。なぜ母が女性を憎悪していたのか、今となってはわからない。しかし、もしかしたら母の生い立ちに秘密があるのかもしれない。詳しくは後述するが、幼少期から祖父母の「愛」を独占していたのは、つねに別の女きょうだいだったからだ。母は、そんな女きょうだいを見て、ミソジニーを募らせていったのかもしれない。

 しかし、母の第1子として生まれた私は、れっきとした「女の子」である。私は母の虐待の根源には、そんなゆがんだ女性性のねじれを見る。