グローバルスタンダードの「物価目標2%」を日米が同時達成できない構造的な理由は何か

AI要約

藤巻健史氏が心酔する山本謙三氏は、11年にわたって行われた「異次元緩和」の激烈な副作用や出口の困難を警鐘し、日本経済の現状を憂う。

日本と米国の物価上昇率の関係から、日本の物価が持続的に2%を達成する難しさが浮き彫りとなる。生産性向上が重要であり、物価目標の達成よりも生産性の向上が必要だと強調される。

山本謙三氏の著書では、異次元緩和の成果や副作用を分析し、長期にわたる金融政策の影響、および日本経済が直面する困難と痛みについて検証されている。

グローバルスタンダードの「物価目標2%」を日米が同時達成できない構造的な理由は何か

「バリバリの金融実務家であった私が、わからないことがあれば一番頼りにし、最初に意見を求めたのが山本謙三・元日銀理事です。安倍元総理が、もし彼がブレインに選んでいたら、今の日本経済はバラ色だったに違いない」

元モルガン銀行・日本代表兼東京支店長で伝説のトレーダーと呼ばれる藤巻健史氏が心酔するのが元日銀理事の山本謙三氏。同氏は、11年にわたって行われた「異次元緩和」は激烈な副作用がある金融政策で、その「出口」には途方もない困難と痛みが待ち受けていると警鐘を鳴らす。

史上空前の経済実験と呼ばれる「異次元緩和」は、物価目標2%達成への異例のこだわりから始まった。なぜ物価は上がり続けなければいけないのか? 黒田日銀はなぜ深みにハマっていったのか? そして異例の経済政策のツケを、私たちはどのような形で払うことになるのか?

※本記事は山本謙三『異次元緩和の罪と罰』から抜粋・編集したものです。

日本の物価動向を検討する際には、海外の物価動向との関係を見過ごすわけにはいかない。日本の物価は海外との連関が強い。実際、日米の物価上昇率をグラフに描くと、長い年月にわたり一定の物価上昇率格差があることが分かる(図表3-6)。

日本の物価上昇率は、1978年以降一貫して米国を下回り続けてきた。日本が米国の物価上昇率を上回ったのは、2014年のただ一度だけであり、それも日本で消費増税があった年である。つまり、過去46年間、日米の物価上昇率は事実上、一度として逆転したことがなかった。ちなみに、1996年から2023年までの日米格差は単純平均で1.9%だった(日本で消費増税のあった年を除く)。

この日米の経験則を踏まえると、これまでの日本の物価の推移は、次のように解釈することができる。

①1990年代半ばに、日本の物価指数がゼロ%近傍まで低下したのは、米国の物価が1%台半ばまで低下したのと時を同じくしている。

②その後、日本の物価がマイナス幅を拡大することなくゼロ%近傍で低位安定したのも、米国の物価上昇率が安定したことと平仄(ひょうそく)があう。

③2022年4月以降、日本の物価が目標値2%を超えたのは、米国の物価が目標2%から大きく乖離し、一時5%台まで高騰したのとタイミングを同じくしている。

④その後、米国の物価上昇率は鈍化し、日本は逆に高まったが、それでも両者の差はせいぜいゼロ%程度にとどまっている。

今後もこの経験則が生き続けるとすれば、日銀がグローバルスタンダードと呼ぶ「物価目標2%」を日米が同時達成することは簡単ではない。米国物価が2%近傍まで低下すれば、日本は2%を割り込む可能性が高まる。

言い換えれば、日銀が期待するように日本の物価が持続的、安定的に2%を達成できるかどうかは、日米格差「1%台の壁」が崩れるかどうかによる。しかし、この判断は、容易でない。「1%台の壁」が何に起因するかは、ほとんど語られてこなかったからだ。

日銀は、黒田体制下の10年間「デフレ心理が根強く残っている」との説明の一点張りだった。後半には「日本には物価も賃金も上がらないとのノルム(社会通念)がある」との言い回しを使うようになったが、どちらも物価の事後的な解釈を提示するばかりで、将来の政策の手がかりとはならなかった。

深掘りすべきなのは、「デフレ心理」や「ノルム」の背後にある社会経済的な要因が何かである。日銀がしばしば指摘してきた「物価と賃金の好循環」を生むのは、突き詰めていえば、企業の生産性の向上である。企業の収益率が上がらなければ、賃上げは長続きしない。

そう考えれば、これほどの長期にわたり異次元緩和を続けても物価が上がらなかったのは、生産性の伸び率が低水準にとどまったからにほかならない。心理的要素が強く、計測困難な「ノルム」で語るよりは、生産性の動向やその背後にある要因を探る方がはるかに政策論としては意味があるだろう。日本で物価2%に定着するかどうかは、生産性が向上し、賃金の持続的な上昇を期待できるかどうかによる。生産性向上を伴わない物価と賃金の上昇は、好循環ではなく悪循環であり、1970年代前半に経験したように経済の根幹を傷つける。日本経済にとって大切なのは、物価目標2%の達成ではなく、生産性の向上である。

*本記事の抜粋元・山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)では、異次元緩和の成果を分析するとともに、歴史に残る野心的な経済実験の功罪を検証しています。2%の物価目標にこだわるあまり、本来、2年の期間限定だった副作用の強い金融政策を11年も続け、事実上の財政ファイナンスが行われた結果、日本の財政規律は失われ、日本銀行の財務はきわめて脆弱なものになりました。これから植田日銀は途方もない困難と痛みを伴う「出口」に歩みを進めることになります。異次元緩和という長きにわたる「宴」が終わったいま、私たちはどのようなツケを払うことになるのでしょうか。