日本には「社内失業者」が400万人いる…多くの人が「喪失不安」をかき立てられている現実

AI要約

喪失不安にさいなまれる人々の行動や心理について解説した記事。自己保身や他者を見下す態度の背景には、現在の地位や収入を守るための自己正当化が働いていることを指摘。

日本の雇用状況や社内失業者の問題、リストラの脅威などから喪失不安が増大し、社会全体に影響を及ぼしている現状を分析。

職場内での人間関係や自己防衛の心理が職場全体の雰囲気を腐らせる可能性を指摘し、著者が解決への提言を行っている。

日本には「社内失業者」が400万人いる…多くの人が「喪失不安」をかき立てられている現実

根性論を押しつける、相手を見下す、責任をなすりつける、足を引っ張る、人によって態度を変える、自己保身しか頭にない……どの職場にも必ずいるかれらはいったい何を考えているのか。5万部突破ベストセラー『職場を腐らせる人たち』では、これまで7000人以上診察してきた精神科医が豊富な臨床例から明かす。

自己保身願望の根底に喪失不安が潜んでいると、自己正当化に拍車がかかるので、さらに厄介だ。ほとんどの場合、「失うのではないか」「失ったらどうしよう」という不安の対象になるのは、本人が管理職であろうがパートタイマーであろうが、現在の地位や収入である。それが本人にとって大切であるほど、喪失不安が強まり、「自分にとって大切なものを失ったら困るから、それを守るためには何をやってもいい」という自己正当化の心理が働く。これが怖い。

その怖さは、過去の歴史を振り返れば一目瞭然だ。いかに多くの戦争が、領土や住民、資源や財産など、かけがえのない大切なものを守るためには、やむを得ないという口実で引き起こされてきたことか。開戦に際して、大衆の喪失不安をかき立てるプロパガンダが盛んに行われた例は枚挙にいとまがない。喪失不安が強くなるほど、たとえ攻撃であっても正当化しやすいので、戦争を始めたい為政者からすれば思う壺だろう。

しかも、否が応でも喪失不安をかき立てられるのが現在の日本社会だ。特別な技術も資格もコネもない40代以上の人が一度職を失うと、同等の収入と待遇が保証される職を見つけるのは難しい。だからこそ、「わが身を守るためには仕方がない」と自己正当化して、他人を蹴落とすために陰で足を引っ張ることも、自分自身の落ち度が問われるのを避けるために責任を転嫁することも平気でやるのではないか。

たしかに、コロナ禍が喪失不安を激化させたことは否定しがたい。だが、新型コロナウイルスの流行以前から、「斜陽産業」と呼ばれていた百貨店や新聞社などでは人員削減の動きがあった。コロナ禍を経て、かつては「花形産業」として羨望のまなざしが向けられていたテレビ局でも、早期退職を募集するようになった。これでは、喪失不安にさいなまれる人が多いのも、そのせいで心身に不調をきたす人が跡を絶たないのも無理もない。

おまけに、日本の企業には、事実上、社内で仕事を見つけられない、いわゆる「社内失業者」が400万人もいるという。これは企業に雇用されている正社員の1割に相当する数らしい(『貧乏国ニッポン―ますます転落する国でどう生きるか』)。

社内失業者が多い最大の原因として、雇用の流動性が低いことが挙げられる。日本型雇用の3本の柱だった年功序列賃金、終身雇用制、企業別組合は、いずれも維持するのが困難になったが、人材が過剰となっているところから、人材が足りないところへの移動、つまり転職は欧米ほど活発にはなっていない。いまだに、「勤める会社をたびたび変わると、履歴書が汚れる」と思い込んでいる人もいるようだ。

そのせいか、最近は飲食業や建設業などで「空前の人手不足」といわれており、一部では「人手不足倒産」まで起きているにもかかわらず、そういう業種への人材の移動が必ずしも盛んに行われているわけではない。接客の現場に立ったり肉体労働に従事したりすることを忌避する心理が働くのかもしれないが、低い雇用流動性を示す徴候の一つのように見える。

このように雇用の流動性が低く、社内失業者が多いと、何としても今いる職場にしがみつくしかないという心境に傾きやすく、どうにかしてしがみつきたいと願うだろう。それがいいか、悪いかは別にして、辞めたら次がないのだから、そうするしかないと考えるのは、わからなくもない。とくに、リストラの脅威をひしひしと感じている人ほど、同期を引きずりおろすことや邪魔者を蹴落とすことも、自分の椅子を守るためには仕方がないと正当化するはずだ。

たとえば、第1章事例11で紹介した不和の種をまく50代の男性社員、Aさんは、周囲の目には「働かないおじさん」のように映っており、社内失業者といっても過言ではない。それをAさん自身も薄々自覚しているからこそ、喪失不安にさいなまれ、「○○さんが~と言っていた」と吹聴して社内に波風を立てる常習犯になったとも考えられる。

その背景には、自分の部署で「最下位になりたくない」という願望も潜んでいるように見える。所属集団内で最下位になることを避けようとする傾向は誰にでもあるが、これは相対的な優位性を確保すると同時に自分の椅子を守るためであり、優越感と安心感を覚えて精神の安定を保とうとする自己防衛にほかならない。

このような傾向は、自分が周囲から見下されているのではないかとか、集団から排除されるのではないかとかいう不安に比例して強くなる。だから、自分が崖っぷちにいると感じるほど、他の誰かを引きずりおろすような真似をしがちである。リストラへの不安にさいなまれており、"崖っぷち感"が強そうなAさんは、最下位になりたくない一心で、不和の種をまくことを繰り返しているのではないだろうか。

つづく「どの会社にもいる「他人を見下し、自己保身に走る」職場を腐らせる人たちの正体」では、「最も多い悩みは職場の人間関係に関するもので、だいたい職場を腐らせる人がらみ」「職場を腐らせる人が一人でもいると、腐ったミカンと同様に職場全体に腐敗が広がっていく」という著者が問題をシャープに語る。