「ミニ クーパー」にイタリア製があるって知ってた?「チンクエチェント」の国がどうして? 500万円で落札された「イノチェンティ」を紹介します

AI要約

イタリアの自動車メーカー、イノチェンティがブリティッシュ・モーター・コーポレーションとの提携により生産したミニについての歴史。

イノチェンティはランブレッタスクーターで成功を収めた後、1959年にミニの生産を開始。

イノチェンティ製のミニは英国製と同様に人気を博し、オークションでも注目を集めている。

「ミニ クーパー」にイタリア製があるって知ってた?「チンクエチェント」の国がどうして? 500万円で落札された「イノチェンティ」を紹介します

いわゆる「クラシック・ミニ」は、クラシックカー界の世界的アイドル。英国とそのポップカルチャーの象徴的存在でもありますが、じつはイタリアでも独自のブランドで生産・販売されていたことをご記憶の方も多いと思います。2024年6月12日、RMサザビーズ欧州本社は、その本拠のあるロンドンからほど近いバークシャーの田園地帯に建てられた、17世紀のマナーハウスを改装した壮麗なホテル「クリブデンハウス」を会場として、「Cliveden 2024」オークションを開催。その175点におよぶ出品ロットのなかには、イタリア製のミニ、イノチェンティ「ミニ クーパー」も含まれていました。今回は、かつて日本でも一定の人気を得ていたイノチェンティ ミニというクルマのあらましと、注目のオークション結果についてお伝えします。

1931年、フェルディナンド・イノチェンティによって設立された鋼管メーカー、イノチェンティは、特許を取得した足場システムで大成功を収めた。ところが、第二次世界大戦中に生産設備の多くが破壊されてしまったため、イノチェンティ社はイタリア政府から多額の補助金を受け、ミラノのランブラーテ地区に新工場を建設した。

終戦後の1946年、イノチェンティは同社の命運を一気に好転させるヒット作「ランブレッタ」スクーターを発表。同時代にピアッジオ社が登場させた「ヴェスパ」とともに、戦後のイタリア大衆にとって貴重な交通手段をもたらしたのだが、イノチェンティ社の首脳陣はその成功にも飽き足らなかったのか、次なる目標として4輪乗用車の生産・販売へと乗りだそうと目論んでいた。

いっぽう、1959年に「オースティン ミニ セブン」および「モーリス ミニ マイナー」を発売したことによって大成功を収めた英国最大級の自動車メーカー「ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)」は、自国内の自動車専業を保護する目的で当局による制限の多かったイタリア市場での足がかりを得るために、イタリア国内で自動車生産・販売を請け負うメーカーとのアライアンスを決定した。

こうして両社の意向が一致し、ミニ誕生と同じ1959年に、自動車メーカーとしてのイノチェンティが誕生。当初はピニンファリーナのデザインによる「A40ファリーナ」からライセンス生産をスタートしたのち、1965年にはミニがイタリア生産の中核となることが決定される。