家業を支え、その先へ。つつじ園の次期当主が手がける花酵母カクテル「Enju」が描くものとは

AI要約

福島県須賀川市にある大桑原つつじ園の26代目次期当主である渡邉優翔さんが、コロナ禍で家業が打撃を受けたことから、花酵母を使ったカクテルEnjuを発売するまでの経緯を語る。

Enjuは花のイメージを膨らませた後、ベースとなる米焼酎を福島県内の醸造会社でつくり、プレゼントとして価値を高めるためにデザイン面にも注力している。

将来的には他の花酵母を使った商品も展開予定であり、大桑原つつじ園の伝統と若き次期当主の情熱が未来を華やかに彩ることが期待される。

家業を支え、その先へ。つつじ園の次期当主が手がける花酵母カクテル「Enju」が描くものとは

酵母は、お酒をつくるうえで欠かせないもの。カビの仲間である酵母が、原料の糖分を餌とすることで、発酵する際にアルコールと炭酸ガスを生成してくれる。酵母自体にもさまざまな種類があるが、花から取り出した酵母のことを「花酵母」と呼び、実用化が進んでいる。

そのひとつが、2024年4月に発売をスタートさせた花酵母カクテル「Enju(エンジュ)」。「お酒を贈る時のファーストチョイス」をコンセプトにつくられ、まろやかな甘さと華やかなパッケージで、プレゼントにぴったりなお酒に仕上がっている。Enjuをつくり上げたのは福島県須賀川市にある600年続く大桑原(おおかんばら)つつじ園の26代目次期当主である渡邉優翔さん。高校・大学と造園について学んできたという渡邉さんが、お酒という畑違いの分野に参入するようになったのはなぜか?その理由に迫った。

■コロナ禍で大打撃を受けたつつじ園。クラファンは成功しつつもその先を目指す

渡邉さんの家は室町時代からあるつつじ園。毎年4~6月になると5万株を超えるツツジ、西洋シャクナゲ、シャクヤクが咲き誇る。渡邉さんは現当主である父・久記さんを“造園の師匠”とし、学生時代から家業を手伝っていた。

「2011年の東日本大震災でも被災して大変だったんですが、それ以上に大変だったのが2020年からのコロナ禍でした。ツツジの最盛期である5月に緊急事態宣言があり、開園もままならず、売り上げがほぼゼロになってしまいました。父も自暴自棄になって荒れてしまって。このとき自分は東京農業大学の2年生だったんですけど、実験も満足にできないような状況だったので、在籍をしている意味があまりないと感じ、休学を考えていました。休学をするのにもお金がかかるので、一旦辞めて情勢が落ち着いたら入り直すことも検討していたんですね。ただ、父はそれでも大学を続けろとは言っていました。それならば、何かしら家業をどうにかしなければならないだろうということで、父には特に相談せずに、勝手にクラウドファンディングを始めたんです。今、一緒にEnjuのために立ち上げた会社『Ichido(いちど)』で役員をしてくれている友人に協力してもらって、ほかのクラファンを参考にしながら文章やリターン内容を考えていきました」

クラファンの告知をしてすぐに、地方新聞からの取材依頼があったという。クラファンがまだメジャーではなかったこともあり、父や祖母からは「息子が詐欺を働いているのでは」と心配もされたそうだが、無事に300万以上のファンディングに成功した。

「ただ、クラウドファンディングの6割ぐらいは身内、知り合いからの支援でした。これでは本質的な解決にはならない。庭をつくるだけではない新しい取り組みを始めるべきと考えるようになりました。花屋さんをやろうかなぁとか、花を加工してバスボムをつくったらどうかと実際に試してみたりもしたんですがしっくりこない。そんなときに知ったのが、通っていた東京農業大学で研究されていた“花酵母”の技術でした」

ツツジはもっぱら観賞のための花で、加工品になることは少ない。

「江戸時代、大名屋敷ではツツジを植えるのがステータスでした。観賞目的という意識が強くて、何かに加工するという発想が出なかったのかもしれません。花全般に言えることですけど、食べて特別おいしいというものではないですしね。それだけに、花酵母を使うことで、花を味覚からアプローチできるようになった。革新的な技術だと思います」

会社を構えたのは福島県双葉郡富岡町。大桑原つつじ園が福島県の内陸に位置するのに対し、富岡町は沿岸部で遠く離れている。

「富岡町は町の花がツツジで、観光名所として有名な『夜ノ森駅』には見事なツツジがあったんです。ところが、東日本大震災後の除染のため、数千本のツツジが切られることになってしまいました。それを再生するための取り組みに関わるようになったのがご縁の最初です」

夜ノ森駅には2キロにおよぶ桜並木もあり、こちらも名所のひとつ。ここの桜からも酵母を採取することに成功した。

「花酵母を採るには、外気に長く触れた散りかけの花がいいんです。雨が降ると酵母が流れてしまうので、条件に合った花を採るのは簡単なことではないです。それでもツツジは家のものを採ればいいのでよかったんですが、桜には苦労しましたね。町に提案書を出したんですが、町としても未知数のことですし、許可をもらうのは大変で。1カ月ほど交渉してなんとか実現にこぎつけました。花酵母は同じ品種の花なら同じ酵母つくというものではないんです。生育環境が大きく影響するので、場所によって酵母が変わってきます。なので、あくまでも大桑原つつじ園から採ったツツジの花酵母であり、富岡町から採った桜の花酵母である、これは大きな意義があると思います」

■Enjuという名前に込めた「誰かを思って届けてほしい」という思い

花酵母を採取したあと、どんなお酒にしていくか。味づくりには1年を要したという。

「花酵母でつくったお酒といっても、その花の香りそのものがするわけではないんです。なので、僕たちで花のイメージを膨らませて、解釈したうえで味づくりをしていく必要がありました。香料を使ってしまえば簡単なんですが、味が落ちてしまうし、おもしろみもないのでどうしても自然物でやっていきたくって」

話を聞いていると、渡邉さんは“おもしろさ”を大事にしているようだ。当初はツツジのみでリリースすることも考えていたそうだが「1種類だけだとつまらないかなと思って」。桜の花酵母がタイミングよく採れたのも手伝い、桜もリリースすることになったのだという。

Enjuのベースとなる米焼酎は福島県内にある醸造会社でつくっているという。

「花酵母を使ってお酒をつくってほしいとあちこちの醸造会社にかけあったんですが、10件くらい断られてしまって。たまたま福島で焼酎をつくっている会社のお問い合わせフォームに連絡をしたら『親戚だぞ!』って言われて(笑)。それで話がまとまって、ベースとなる米焼酎をつくってもらっています。親戚といっても、きちんとビジネスとして取引をしていて、僕も2週間くらい住み込んで酒づくりを手伝っています」

「お酒を贈る時のフォースとチョイス」というコンセプトはどのように決めていったのだろうか?

「既に販売されている花酵母を使った製品は日本酒が多いんです。ただ、まだ物珍しさのほうが強く、あまり流通していません。勝負しようとすると同じような傾向になって、市場の取り合いになってしまうと考えました。それならば、我々は花の市場、ギフトの市場に近い形でやることがいいだろうと考え、ブランドのイメージを固めていきました。ブランド名のEnjuはマメ科の落葉高木であるエンジュからきています。エンジュの花言葉には友情とか親睦という意味があって、Enjuを『誰かを思って届けてほしい』という思いを込めて名付けました。英語での“And you”にもひっかけています」

手土産にしたときに炭酸水などを用意せずにそのまま飲めるカクテルに。アルコール度数5%で、優しい甘さと口当たりに仕上げることで、幅広い人が楽しめるようにしている。ボトルやボックスのデザインにも気を配ることで、プレゼントとしての価値を高めている。

「ラインナップを増やしていくべく、12月中旬にバラをリリースするためにクラファンを開始したところです。福島県双葉町のバラの酵母を採取する予定です。来年5月にはカーネーションを使ったものを母の日に向けてリリースしたいと考えています。現在はECサイトでの販売がメインなんですが、手に取ってもらいやすい、皆さんが当たり前に知っている場所に置かれるようになるよう、認知拡大を目指したいです。あとは、プレゼントにより相応しいものにするべく、配送用のボックスもオリジナルのものにしていきたいと考えています」

走り出したEnjuを拡大していくための構想は尽きない。経営については独学。「周りの大人たちに助けてもらっています」と笑う。聞けば、いっときは家業とは全く関係のない道を歩むことも考えていたんだそう。

「曽祖母からは子どものころから『つつじ園を継いでほしい』と言われていました。中学のとき、曽祖母は亡くなったんですが、そのときに曽祖母に何もしてあげられなかった、という思いがありました。そしたら遺書にも『つつじ園を継いでほしい』とあって。自分が曽祖母にできるのはつつじ園を継ぐことなんだろうと考えるようになりました。その後、高校生のときに祖父を見送ったんですが、最後の別れのときに『家業をきちんと継いで、日々美しい花を咲かせて日本一の観光地にする』と約束したんです。そこから一気に家業の手伝いや農業・造園の勉強に力を入れるようになりましたね。父は『やりたいことをやりなさい、継ぐかどうかは自分で決めなさい』という案外ドライな、今風のスタンスでしたけどね。Enjuはお酒のブランドですが、花を使って誰かに喜んでもらうという点では家業と一緒。しっかり取り組んでいきたいです」

美しい花を咲かせ、散っていく花を活かした事業を展開する。つつじ園の若き次期当主が描く未来は華やかなものになりそうだ。

取材・文=西連寺くらら